アイスブレーク
リタイヤ生活が長くなり、現役時代に朝8時半には自分のキュービックのデスクに向かっていたことが遥か、昔だったように思えます。
そのころのミーティングの中でアイスブレーク(氷をくだく)という手法があったことを思い出しました。
パンデミックになってから盛んになったZoomでの会合にもその手法が用いられることがあります。
それはミーティングが始まる前にその会合で、まず人々が知り合うためにやる、いわばゲームのようなものです。そこでいろいろな質問を出して、初会合の出席者の空気を和ませるという手法です。
お互いを知り合い、その後の会合がスムースにいくように、人々の間のわだかまりを取り去るという意味でアイスブレークというのでしょう。
先日内輪のZoomミーティングで私が責任者だったので、この手法を使いました。
質問の一つに「みなさんはどこに行ってみたいですか?」という問いをしてみたのです。
私達の年齢になると、先が短いので、死ぬ前にどうしても行ってみたいと思う所は?という質問になるでしょうか。
私が行きたい場所
この問いに対する私の答えはというと、この写真の場所、プリンスエドワード島です。ご存じのように赤毛のアンのモデルになったカナダの東海岸にある小さな島です。
小学校時代は小公女や家亡き子、家亡き娘に夢中になり、中でも小公女は何回も読んで挿絵の意地悪なミンチン先生の顔は爪でぎゅうぎゅう押したくらいでした。
自分がその本の中に入り込んでしまっていました。
赤毛のアンに夢中になったのは、中学生の頃だったと思います。赤毛のアンシリーズは小公女と同じように夢中にさせてくれましした。
そして、自分の想像の中でモントゴメリーが描いたプリンス・エドワード島の場所のひとつひとつが浮かぶのです。また英語で読むとまた違った味があります。
昔、姉がリタイヤしたら、一緒にイタリア旅行をしようと言っていました。
ところが姉がリタイヤした直後、姉は母の介護をしなければならなくなり、母が亡くなった後、病気がちになり、その機会がいまだにありません。
そして今、私自身はなんだか、出不精になっています。これが加齢ということなのかもしれませんが、行くことが可能であるなら、プリンス・エドワード島には行きたいです。
けれど、案外私の想像の中の方が、より美しいかもしれません。
そして、何よりも終の棲家と思っている今住んでいるこの家には屋根裏部屋があって、東にだけステンドグラスの窓があるのです。赤毛のアンの中に出てくる東の小部屋みたいに。
ここから、明けの明星が見えるのですよ。ですから、プリンス・エドワード島に行く夢がかなえられなくても、これで良しとしてしまうかもしれません。
そうなると老い込んでしまうかもしれませんね。
その時には、私達にはプリンス・エドワード島よりも美しい天国が待っていますから。
竹下 弘美
私は約50年前にカナダのトロントに住んでいたので、夏のバケーションに車にテントを積んで、途中キャンプしながら東に向かい憧れのプリンセスエドワード島に行きました。
結論から言うと、何度も本当にこれがあの小説の舞台になったところなの?と思うほど現実は違う所でした。この本の表紙にある記念の家にも入り、モスグリーンのカーテンの付いているアンの部屋も見ました。それだけ想像の世界と現実は違いました。
それに比べてイスラエルは何度行っても期待を遥かに超えた素晴らしい世界がそこにはありますね。
コメントありがとうございました。
実は今日日本にいる姉と話して、それじゃその日を目指して行く予定をしよう、と合意したところでした。
でも真理子さんのお話聞いたら、想像の世界の方がいいのかな?
ただ婿の家は代々カナダ国境に近いメイン州でプリンスエドワード島にはとても近いところなので、毎夏、彼らは避暑に行くので、同乗して行くチャンスはあります。どうなるかな
数年前,姉が退職したら 行こうと言ってきたので 真剣に調べてさ姉予約をと思ったら,1年前でなければ 何処のホテルも取れないと言うことになり,半年前の思いつきではダネでした.その後,忙しさにがマシ 義兄の癌が分かり 手術 リハビリと もう 遠方に出かけるのは諦めて多様です.とは言っても フランスに行って理,ハワイに行ったりはしてましたが もう孫の成長を楽しんでいるようです.思い出というか想いは思っているのが大野かもですね.想像の世界は何処までも広がって,彩りとか綺麗なままで良いのかも?!
是非是非プリンスエドワード島にいらして下さい。 私も未だ赤毛のアン大好き💕おばばです。 とても良いところでした。
はまなすや我が夢追うてアンの国
夏旅や赤毛のアンの生まれし地
小狐の遊びてをりし避暑地かな
まあいらしたのですね。
姉が今からでも行くと言ってくれました。
淳子さんがお薦めでしたら、ぜひ、行く予定を立てておきたいと思います。