猫の城 | スキンシップ  

母親のぬくもり

かなり前に連続殺人事件を起こした宅間被告という人は、本人の希望で異例の速さで処刑されたという。彼は生涯、愛された経験を持っていなかったそうだ。母親のぬくもりを知らずに育ったのだ。愛されるということが、生きる上でどんなに必要なことか、いろいろな形で私達は見ている。

ハワイに住んでいる親しい友人から、彼女の知人のHさんが、捨て猫の収容所をホノルルに作った、という話を三年前にきいていた。猫好きな私としては、いつかは行ってみたい所だった。

引き取り手がなければ、殺される運命にある犬猫を見るのがつらくて、ヒューメインソサエティーを訪ねることは躊躇するが、この収容所では、一生飼ってくれるというので、安心して、訪ねられる気もした。

猫収容所

先日結婚式でホノルルに行く機会があったおかげで、久しぶりにその友人にも会うことができ、彼女はすぐ、Hさんが創立した、猫の城に夫と私を連れていってくれた。ワイキキから三十分ほど、車を走らせただろうか。着いた所は、鬱蒼と木が生い茂った、街道から奥まった一角だった。 

たぶん、臭いの問題で、人里離れた所になったのだろう。小屋というようにも大きな部屋がいくつもできていた。三方が木の桟で囲まれて風通しが良い建物だ。その木の桟から猫達が鼻面を出して、撫でてもらいたがっているようだ。友人がドアを開けて中に入れてくれた。棚ができている。

その棚から、尻尾がいっぱい垂れ下がっている。椅子の上もコンクリートの土間も猫だらけ。世話が行き届いているのだろう。あまり臭くもない。ガラス戸の代わりに風通しの良い桟を使うことができるのは、ハワイならではのことだろう。

キャッツリッターには最新の鋸屑が使われているようだ。キャッツリッターの中で寝そべっている猫もいるくらい、きれいに管理されている。

ホノルルには、米軍の家族が多く、その人達が、次の赴任地に行く時に捨てていく猫がほとんどだという。この非営利団体は三年前にそれらの猫、百三十匹でスタートした。

Hさんが亡くなっても資金が続くように手続きがとられているそうだ。住み込みの家族が世話をし、診てくれる獣医さんもいる。もちろん、どの猫にも避妊手術がされているが、その後も捨てられた猫が収容され続けて、今では二百匹を超えるという。

昔、ロサンゼルスのシルバーレイクに住んでいた時、荒れた庭にくる野良猫に餌をあげているうちに毎朝のようにその数が増えていった。きっと猫達の口コミで、ホームレスの猫達がやってきたのだろう。

ある日いつものように庭に向かったドアを開けると、庭のありとあらゆる木に猫がいて、私が全部責任をもたなければならないのかという、恐怖に襲われたことがあった。

幸い、それは夢だったが、その時と同じような猫の大群だ。普通の猫に混じってヒマラヤンやロシアンブルー、シャム猫などの純粋種もいた。ありとあらゆる猫ちゃんが、私達の方に向かって来る。

一匹を抱く。撫でて、撫でて、といっぱい寄ってくる。撫でるために少しかがんだ夫の背中に飛び乗ってくる猫もいた。次の小屋に向かう。そこでも多くの猫に歓迎された。中には火傷で耳が無くなっている猫もいた。どの猫も目が澄んでいる。ひたすらにこちらの愛を獲得しようという目だ。

普通、猫は他の猫達と共存できない動物ではないだろうか。また家で飼っている場合には犬と違ってこのように寄ってくることはない。この猫達は、食は満ち足りているし、住も保証されている。餌のために寄ってくるのではない。ただただ撫でてもらいたい一心なのだ。

猫でさえそうなのだ。人間もしかり。経済的に恵まれて、何の苦労もないかのように見える人でも、人との接触がで、愛を感じることがなかったら、惨めだ。

こんなところに老人ホームのお年寄りを連れていってあげることができたら、お互いに癒され合うのではないだろうか。

「Have you hug your kids today?」

愛とは時間をかけること、存在を認めること、そして日本人は苦手だが、それを表すためのスキンシップが必要だ。昔、車のバンパースティッカに,「Have you hug your kids today?」(今日、子供さんを抱きしめましたか?)というのがあった。

冒頭の宅間被告もお母さんに抱かれて、そのぬくもりを経験していたなら、きっと違う人生を送っていただろう。

猫達との別れが名残惜しく、去る前にもう一匹抱いた。

竹下弘美

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