クリスマスの祈り 

夜の電話

サンフランシスコ近郊に住んでいた頃のある十二月二十二日の夜、一時半過ぎのこと。電話が鳴った。翌日から、クリスマス明けまで仕事は休みだし、久しぶりにのんびりできると思っていた矢先だ。こんな時に誰だろう。

「もしもし、夜遅くすみません・・・」 同じ教会の学生さん、亜沙子ちゃんだった。とてもすまなそうに話してくれた内容は次のようだった。

デンバーの飛行場が雪で閉鎖されていたこと。飛行場は開かれたが、その朝、関西空港からデンバーに向かおうとしている日本人三人(デンバーにいる娘さんを訪ねる八十二歳のおばあちゃまと彼女のお孫さんである若い女性ふたり)が、英語がわからずサンフランシスコ空港で足止めをくっている。

誰かサンフランシスコで助けてくれる人がいないか、泊めてくれる人がいないか。その日一日中、最終便までキャンセル待ちをしたけれど乗れず、翌朝また朝早く空港に出向かなければならないから、サンフランシスコの飛行場に一番近い私達が最適ではないかという話だった。

私の脳裏をかすめたのは、久しぶりに帰省した息子と娘のことだった。いつもだったら彼らの部屋は空いているのだが、あいにく、ふさがっている。どうしよう。サンフランシスコ湾を隔てた向こう岸から、すでに亜沙子ちゃん達は飛行場に向かっているという。

なにしろ、行って少しでも力にならなくては。もう寝ていた夫もその話をきいて、いっしょに行ってくれることになった。どのようにして探したらよいのだろう。

亜沙子ちゃんも見ず知らずの人だという。ロサンゼルスにいる知人から連絡を受けたというが、その知人もその方達のことは知らず、日本にいる友人から回り回ってSOSで頼まれたのだそうだ。たぶん、ユナイテドの国内線のカウンターに行けば見つかるのではないかと、希望的観測のもと飛行場に向かった。

閑散としたユナイテドのカウンター前で、その一団を見つけた。すでに亜沙子ちゃん達が着いていて、デンバーにいる娘さんにも連絡がとれた。

その時ちょうど友人宅に遊びに行っていた娘から電話があり、事情を知ってその晩は友人宅で泊まることにしてくれた。そこで彼女の部屋に三人泊まってもらえることになった。

すでに夜中の一時半、翌朝四時半にカウンターが開く前に空港に行かなければならず、二時間だけ寝て、三時四十五分に彼らを起こし空港へ。そんなに朝早いのに、すでにデンバー行きに乗り損ねた多くの人々が列をなしていた。

係りの人が来て、新しい飛行機を一機用意するが、まずこの日は乗れないだろうという。カウンターが開き、確実に乗れる二日後のクリスマス当日出発の切符を発券してくれた。

それでもその日のキャンセル待ちを試してみることにした。付添いは一人しか認められず、夫がセキュリチィの証明書をもらってゲイトの中に入り、私はカウンター前の椅子で動向を待つことになった。

電光板を見ると毎時間デンバー行きがある。そのたびに夫から電話があり、乗れなかったという報告ばかり。百十九人が待っていたという。十二時近くの飛行機まで待ったが、夫から、もう後は二十五日に確実に乗れるのだから、あきらめることにしたという電話があり、皆を家に連れて帰り、ありあわせのおそばで昼食をとった。

心配で疲労している三人のために泊まる所を探した方が良いということで、家の近くのモーテルに手続きをとった。夕食までぐっすり休むよういって夕方迎えに行き、我が家で夕食を食べ、またモテルへ。

クリスマスイブを共に

翌日は、クリスマスイブだったので、教会のクリスマス礼拝に行き、教会の皆さんに温かく迎えてもらった。午後はせっかくだからサンフランシスコを見てもらいたいという、また私の持病が頭をもたげ、ツインピークス、ゴールデンゲート、ロンバードストリートの坂を見てまわった。おばあちゃまのその喜び方といったらなかった。

「デンバーに何回も来ていますけれど、こんな所はありませんよ」
夜は教会のキャンドルライトサービスへ。キャンドルの火を灯して賛美歌を歌い、共にクリスマスを祝うことができた。三人とも教会に出席したのは初めてだったという。

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明日はデンバーに確実に発てるのだ。三人に笑顔が戻ってきた。それでは最後を飾ってどうせならサービスしようと、私達の住んでいる町でクリスマス・イルミネーションのきれいな所があるというので、お連れした。

私も初めてで、探せるかどうか不安だったが、見つけることができた。辺り一角がすべてすばらしい光の飾り付けだった。昔、デンバーでも連れていってもらったことがあると、おばあちゃま。お孫さん達は初めての経験で大喜び。これでサービスの閉めができた。

翌朝のクリスマスの日。デンバーへの直行便は取れずに、ラスベガス経由なので、心配で早めに出た。夫がまた付添った。飛行機は少し遅れたので、ゲイトの外で待っていた私は心配したが、足の不自由なおばあちゃまに車椅子も手配してもらえたそうだ。

出てくる夫を待つ間、

「あの、日本の方ですか?電話はこれでかけられるでしょうか?今日本から着いたばかりなのですが、娘が迎えにきてくれるはずなのに、国際線の出た所にいなかったので….」また、助けなければならない人がいた。

思えば、実に充実したクリスマスだった。友人から送られてきたある神父さんの言葉を思い出した。

「クリスマスの夜はキャンドルを灯して祈りたい。この夜だけは住む家のない人のために祈りたい。この夜だけは私も何かできるはずと・・・」

竹下弘美

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3 Replies to “クリスマスの祈り ”

  1. クリスマスに心温まりました。
    助ける方も助けられた方も肉体的に大変な時間を過ごされた様ですが、一生、忘れられない素敵な思い出になった事でしょう。

  2. ご夫婦の心温まるご奉仕の様子を垣間見て、”神様このような素敵なクリスチャンを私たちのそばに置いてくださり感謝します”と祈らずにはいられません。僕も100%無条件でご奉仕できるこころを持ちたいものです。助けていただいたおばあちゃまたちの安堵した笑い顔を想像するに難くありません。ありがとう!!呉服

  3. たいへんなクリスマスでしたね。
    暖かなお話しをありがとうございました。
    おばあちゃんの喜びは、ひとしだったことでしょう。
    Yiさんご家族の今年のクリスマスが、例年にも増して主の祝福がありますよう、お祈りしております。
    追伸:
    イルミネーションがとてもきれいで、あの当時を思い出しました!
    感謝します。

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