持病

人間が好き

人が死ぬときに後悔することは、可能であったのに、したかったことをしなかったことだという。人間が大好きで、(動物や花も好きだが)歓びを他人と分かち合うことが好きな私の場合は、何をしたいかというと、いつも他人を喜ばすことをしたい。

だから、サプライズパーティーやシャワーを計画することが大好きだ。またすぐ、観光案内をしたくなるし、病気の人がいれば差し入れなどしたくなる。その時喜ぶ相手の顔が好きなのだ。少し、異常なくらいで、これが私の持病だと思う。したかったことをしないでいると、後味が悪いので、少々犠牲を払っても、やはり、決行する。これはまったくの自己満足で、見返りは期待していない。ここが日本にいる日本人と違う点。

観光案内

そんな持病を生かして、かつて友人と二人で、サンフランシスコ、モントレーの観光案内会社をやっていた。ちゃんとライセンスも取り、名前はギビングハンドインターナショナル。パンフレットもすてきなものを作った。その経費の方が多かったようなビジネスだった。娘はもう大学で、息子も運転して高校にいくようになっていたから時間的には大丈夫だった。

小グループを私のミニバンで案内した。南カリフォルニアから北カリフォルニアに移ってきてまもなくで、私自身がサンフランシスコを熟知していたわけでなかった。坂と一方通行には悩まされた。まだナビゲーターも普及していなかったころだ。しかも、よく知っているかのようにふるまわなければならないのが、大変だった。

運転しながら、説明し、地図を見る弱みは見せられない。今でこそ知っているが、サンフランシスコ市内のある地域はどこまで行っても左折禁止。そこをいつかは左折できるだろうとえんえんと運転したら、一度は倉庫街に出てしまい、ぐるぐるまわってようやくダウンタウンに出たこともある。まったく冷や汗ものだった。

あげくのはて、サウサリート (Sausalito) のすてきなレストランでお食事となっても、日本からのお客は支払いにとまどうので、カードで私が払って結局それだけの料金を頂けなかったり、赤字続きだった。それでもその方達のサンフランシスコの風光明媚に喜ぶ姿を見ると、疲れが吹き飛んだ。つまり、人が喜ぶ姿を見るのが好きなのだ。

乗り継ぎサービス

旅行社から請け負ってサンフランシスコ空港での乗り継ぎサービスもしていた。国際線で日本からサンフランシスコに着くお客様が、アメリカ内の違う都市に乗り継ぐのに戸惑うので、国内線のターミナルまで案内するという仕事だった。逆に国内線でお迎えをして、日本行きの国際線ターミナルまでお連れするというサービスの時もあった。

その際には、おいしい日本茶と手作りのおにぎりを持参。 好評だった。乗り継ぎに少し時間的余裕があると、サンフランシスコ空港から十五分の距離にある我が家にお連れして、お昼のお食事を出した。もちろん、無料サービス。乗り継ぎのお代は旅行社から支払われていて、これは私の勝手なサービスだったので。

持病が頭をもたげた

それが度を超した。ダラスからの便で朝着き、午後の国際便で日本に帰るお客様の乗り継ぎサービスの時だ。待ち時間が四時間もあったので、サンフランシスコ空港で時間をつぶすのにはあまりにも長く、我が家にきてもらってもよかったのだが、そのご婦人は、
サンフランシスコを見たことがないという。

ここで、持病が頭をもたげた。せめて、ゴールデンゲイトブリッジだけでもお見せしましょう、ということになった。もちろん無料サービス。ガソリンが今ほど高くなかったが故にできたのだろう。四時間もあるので、飛行場から三十分くらいの道のりだし、ちょうどいい。

荷物はすでに日本行きの飛行きに乗せてもらっているから、身一つで行動できる。ねがってもない好条件だ。空港を出た。サンフランシスコ市内に入ってから、どういうわけか、道路が混みだした。ゴールデンゲイトブリッジを見てから、軽くお食事でもと思っていたのに、着くまでに一時間もかかってしまった。

幸い、珍しく晴天で、ブリッジがくっきりと全貌見えた。ブリッジを渡った反対側からも紺碧な湾を隔ててサンフランシスコのダウンタウンが一望でき、お客様は大喜び。それを見て私も大喜び。霧で有名なサンフランシスコ。一寸先も見えないくらい霧が深い時を経験しているからだ。

お昼を食べる時間がないのに気付いた。早めに飛行場に行っていた方がいいので、サンフランシスコ全貌を見渡すことのできるツインピークスもお見せしたかったが、ここは我慢して(私がどんなに我慢したか、おわかりになるだろうか)帰途についた。

101のフリーウエイに入って驚いた。車が動かないくらいの混みようだ。まだ一時間半あるから大丈夫と自分に言い聞かせ、お客様が心配されないようにいろいろな話題を提供した。私自身は上の空だったが、彼女はまだ心配していない様子。希望的観測のもとに101のフリーウエイから280のフリーウエイに乗り換えた。なんと、ここも動かないではないか。事故があったに違いない。

「飛行機に間に合うでしょうか?」ついに彼女は不安げにきいてきた。気が気ではないのはこちらの方だ。これで間にあわなかったらどうするのか。いやいや、そんなネガティブな考えはやめよう。何気なく、「もうすぐですから、大丈夫ですよ」と言いながら、心の中で、「神様神様、どうか、おねがいいたします。間に合わせてください」と祈った。

彼女を先に降ろし、ゲートに走るように指示して車を駐車場に入れ、そのころはまだゲートまで行けたので、私もゲートに走った。 搭乗はすでに始まっていた。彼女に追いついた。二人で、無事に間に合ったことを喜びあった。

こんな思いをしたにもかかわらず、私の持病はまだ治らないどころか、年とともに、このごろもっとひどくなってきているようだ。きっとこの病気とは、死ぬまでつきあっていかなければならないのだろう。

子供は親の背中を見て育つという。娘息子にどんな影響が出るだろう。

竹下弘美

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