颯爽と風にふかれて

アメリカ社会で失業するということ

アメリカではレイオフされたり、会社が倒産したりして、職を失うことは日本社会よりも多い。私の夫もアメリカに来てから今まで何回そういう経験をして来たことか。どうしていいかわからないような状態に陥った事もあった。今そういう状態にある方々に一日も早く仕事が与えられるように願う。

でも振り返って見ると、その都度、前よりも良い仕事が与えられてきたという事に気がつく。最後に失業した時には若い時と違って年齢のことが少々心配だったが、楽観主義の私は神様が夫に今度はどんな仕事を与えてくださるかと楽しみでさえあった。

零からの出発

と、このように構えられるのも、私達夫婦の出発が零だったからかもしれない。物にしろ、地位にしろ、初めから持っている人は、失うことが恐いから大変だろう。私達の場合は、大学卒業後、自分達の貯めた二千ドルだけを持って渡米してきた。それこそ、着の身、着のままだったから、失う物は何もない。

その上渡米してからは、バスボーイ、ウエイトレスから始めたので、なんでもする覚悟がある。 私達も大学を卒業してバスボーイ?という気がしないでもなかったが、まず、英語に慣れることが必要だったし、このアメリカでは一から始めなければならなかった。 今でも食べることに困ったらあの時の経験があるから、どんな仕事でも選り好みせずにできる強みがある。 

国外退去命令の知らせ

思えば、夫がコンピューターの専門学校を卒業したばかりの時、あの時の仕事探しが一番大変だった。なにしろ、経験がないわけだし、その上、今以上の不景気だった。最悪なのはビザがトレイニングビザであったことだ。アメリカ人の多くが失業しているのに、トレイニングビザの外国人を雇うような、物好きはなかなかいない。夫は南はサンディエゴ、北はサンフランシスコまで車を飛ばして、仕事探しをした。

最初のトレイニングビザが切れる直前に、良い職場が与えられた。ところが、二回更新して最終のトレイニングビザが切れる時、会社がバックアップしてくれて、永住権を申請したのだが、不況のため、許可されなかった。そして国外退去命令の知らせが来たのだが、退去しなければならない期日の二週間前だった。夫は韓国へ、私は日本への退去命令だった。

その後、いろいろなことを経て、結果的にはこの国に留まることができたが、あの時は永住権さえあれば、と、何度溜息をついたことだろう。それを考えると、その後の何度かの失業は健康で、永住権もあるのだから大丈夫、とその都度、乗り越えることができた。

家計の切り盛り

また、最初の子供が生まれる時には、夫の職はあったが、どう考えても家計が赤字になることが一目瞭然だった。それまで、二人で働いていたから、家の支払いもできていたわけだ。私は朝早い新聞配達をしてみようと、どのくらいの給料か調べたところ、ちょうど、月々の足りない分を満たすくらいだった。赤ん坊は寝ている夫に頼めばいいわけだし、と計画したが、それをしなくてもすんだ。

良いベビーシッターが見つかって、パートで経理の仕事につくことができた。そしてそのペースが軌道にのるようになったのも束の間、二度目の妊娠となった。今度こそ、家計は赤字という覚悟をしたのだが、夫が転職し、前より多い給料をもらうようになった。

いつも余分なお金はなかったが、ぎりぎりの生活はできてきた。二人の大学生を抱えていた時もなんとかなった。いったいいつになったら、余裕のある生活ができるのか、と思うが、きっとそれは私達には関係のない世界なのであろう。そして、そうなったら、私は生きた心地がしないのではないだろうか。子供の大学にかかる費用のローンの申し込みに頭を悩ませている方が私には合っている。

ベストセラー「Rich Dad, Poor Dad」

ベストセラーの「Rich Dad, Poor Dad (金持ち父さん、貧乏父さん)」を読んでも、価値基準が違う。つまり、お金持ちになろうとするガッツが私達夫婦にはない。

株を買ったらといわれても、面倒だったし、投資のためにボロ屋を買って直して売ったらとか話は出るのだが、いつも机上の空論だ。ようやく、金利の高い方の銀行を使うことに気づいたくらいだ。もちろん、与えられたお金は蛇のように聡く活用しなければいけないことはわかっているが。

夫にリタイヤ前の最後の職場がみつかったときには、幸いなことに彼にとって今までの経験を全部生かすことのできる仕事だった。しかも家からすぐの職場だ。その間、四ヶ月。かろうじて食いつなぐことができた。

新車

その時、仕事がみつかったら、新車を買ってくれると夫は私に約束してくれていた。そこで約束どおり、さっそく新車を買いに行った。でも、新車とは自動車ではなく、自転車なのだ。気にいった緑のマウンテインバイクを買ってもらった。特別、柔らかいサドルもつけてもらって。 

この夫の買ってくれた自転車に乗って、サンフランシスコ湾沿いをペダルを踏むたびにお腹の肉を感じながら、私は最高にシアワセ。

貧乏生活の負け惜しみ?いいえ、本当に幸せ!! 

颯爽とヘルメットをかぶって自転車を走らせる私の姿をご想像あれ。

竹下弘美

にほんブログ村 子育てブログ 子供の教育へ
子育て・子供の教育・ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックをお願いします。

One Reply to “颯爽と風にふかれて”

  1. これは二度目に書くコメントです。一回目は文字が違っていたとかで
    消えました。ショックでした。だって貴女の様にサラサラと書けるのなら良いけど、アタイは必至もっしで書くのに。
    ま、ともあれ、もう一度書きますね。アタイの場合恥も一緒にかくのだけどね。
    颯爽と新車に跨った貴女、可愛くて美人…今に至る。
    でもね、新車に肩で風切って乗っていたでししょうに、顔から着地したというのが頭にあるので颯爽もちょと形無し・・・ごめんちゃい。
    お二人の写真、駆け落ち婚(ン、違ったっけ!?)もムベナルカナ・・・だってイケメン、イケジョだもの。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA