でんでん虫の悲しみ―悲しみを歓びに変えること―美智子妃の講演から

雨の日の事故

二月の雨はあの時のことを思い出させる。あれは何年か前のエルニーニョの時のこと。南カリフォルニアの大学に行っていた友人の息子さん、19歳のピーター雄太君の事故のことだ。その晩、雨がひどかったために雄太君と友人はいつも夜の授業には歩いて行くのだが、ドームから夜の授業に、車を使った。

構内のストップサインで止まった、まさにその時に、ユーカリの大木が車の上に倒れ、雄太君と助手席にいた友人は即死した。ユーカリの木は根が浅いのだそうだ。ユーカリの多いこの大学では、市から注意勧告を受けていた直後の出来事だったという。ご両親の悲しみは計りしれない。

葬儀では、いかに雄太君が優秀な生徒であったか、ロスガトス・ハイスクールの先生方が異口同音にほめていた。将来は弁護士か医者志望で、カリフォルニアのアイビーリーグといわれているポモナ大学に進学した二年目の事故だった。新聞では高校時代の彼はボランティアにも励み、運動面でも、バーシティのテニス選手だったと報道されていた。

さて、彼のご両親はどのようにこれに対処していっただろうか。彼らはみごとに立ち直った。大学からの賠償金を、ロスガトス・ハイスクールの奨学基金にしたのだ。この奨学金によって何人もの優秀な生徒が助けられただろう。彼はそんな形で生きている。

ご両親にとっては大学に行ったまま帰らぬ人となった雄太君は、今でも生きていて、まだ大学にいるのではないかという気がするという。 何年もたった今日も母である私の友人は毎日、お墓に通い、彼に語り続けている。

太ちゃんの死

また日本にいる親しい友人の息子さんも、不慮の事故にあって亡くなった。これはあまりにも悲惨な事故だったため、友人に直接詳しくきくことはできなかった。人づてだから、少し事実が違うかもしれないが、だいたいの事の次第は次のようだ。

彼女達の家は東京。お医者さまのご主人は大阪に単身赴任していた。中学生といえども一家の男子として、家を守る気でいたのか、テレビの画面がうまく写らなくなった時、長男の太(だい)ちゃんは屋根に登って行ったそうだ。

だいたい、機械いじりが好きな少年だったという。なかなか帰って来ないので、母が見に行くと、彼は屋根から滑り落ちて、亡くなっていた。一家は、一時は暗闇の日々をすごしたという。ご主人が単身赴任の間に起きたということもかなり、つらいことだったと思う。

その消沈していた時に、カトリック信者である彼女は、ブラジルからストリートチルドレン(貧しさから、道端で暮らしている子供達)の保護のために、子供村を作る資金集めに来ていた神父さんと出会った。そして、一家はそれに賛同して資金集めの手助けをした。

しばらく経ってから、教会の方々がその成果をブラジルの寒村アモレイラに見にいくようにと手配してくれ、遺された親子三人はブラジルへの旅に出た。

なんと、そこには太(だい)ちゃんの家とポルトガル語で描かれた子供の家が建っていたのだ。ストリートチルドレンを保護する家だった。そして、みんなが家族を大歓迎してくれたという。赤ちゃんや小さな子供達に囲まれて、家族はここに太(だい)ちゃんが、こんな形で生きていたのを見ることができた。

子供達が皆太(だい)ちゃんのことを知っていて、部屋には太(だい)ちゃんの大きな写真まで飾られていたという。そして、何年か経ち、太(だい)ちゃんのお姉さんは彼の志を継いで医者となっている。

絵本「でんでん虫の悲しみ」

新実南吉氏の「でんでん虫の悲しみ」という童話は、一九九八年、美智子妃がニューデリーで行われた国際児童図書評議会の講演、「子供の本を通しての平和」で紹介されたものだ。抄訳する。

あるでんでん虫が友人を訪ね、自分の背中の殻の中には、いっぱい悲しみがつまっていて、もう耐えられないと訴える。そうすると、その友人も実は自分の背中の殻も悲しみがいっぱいだという。次の友人を訪ねてもそうだった。どこを訪ねても同じ答えが返ってきた。でんでん虫は自分だけではない、生きていくのには、みんな悲しみをもっているのだということに気づく。

「そしてもうなげくのをやめました。前よりもゆっくりと自分の速さで歩き始めました」という。「人は互いに独立した存在であり、だからこそ、その人の存在の価値があるのであり、そして、他人はその人の心の中、悲しみに入り込んでいくことはできません。しかし、お互いが悲しみを背負った存在であること、それをいつも思いやることが大切です。人生の複雑さに耐え、それぞれに与えられた人生を受け入れて生き、やがて私共すべてのふるさとであるこの地球で平和の道具となっていくために(美智子妃)」

殻の中が悲しみだけでは私たちは生きていけないはずだ。雄太君のご家族も太(だい)ちゃんのご家族もその悲しみを超えて、悲しみでいっぱいであった殻を歓びに変えていったではないか。

「いよいよ死ぬるその時までは、人間は与えられた命をいとおしみ、力をつくして、生き抜かねばならぬ (藤沢周平)」

死ぬまでどのくらい悲しみを歓びに変えて生きていくことができるか、それは、その人それぞれにかかっている。 

竹下弘美

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