子孫に受け継がれていくDNA 

持って生まれた才能

私は音楽に関してまったく才能がない。自分がピアノで弾いた事がある曲の題名を聞いても、メロディを思い出す事ができない。やはり、才能というのは生まれつきのものだという事を認めざるを得ない。そんな私でも幼いころ、繰り返し聞かされていた音楽は耳についている。

銀行員であった父は朝早く出勤し、帰りは毎晩遅かったため、週日は顔を合わせる事がなかなかなかったが、休日の朝、よくレコードをかけていた。蓄音機ではなかったが、昔の大判のレコードだ。そのころ、父は毎回変えないですむレコード針のプレーヤーを手に入れて、その小さな針はダイヤでできていると自慢げに言っていた。

よく聞かせてくれたのは『ペルシャの市場』『ツゴイネルワイゼン』『セビリアの理髪師』そして『ラ・ボエーム』。父は山梨育ち、銀行に就職した時初めて上京したわけで、音楽通であったわけではない。

きっと銀行での同僚の影響があったのだろう。そのレコードの音楽にあわせて、ラクダ色のズボン下姿でバレエを踊って姉と私を笑わせていた。

それが日常であったから、べつに変な父だとは思わなかった。銀行の演劇部で、劇の演出をしていたような父だから、音楽やダンスも好きだったのだろう。父の従兄弟には新国劇創立当時の俳優もいた。息子が映画制作の仕事に携わったのも、この血だろうか。

血というなら夫側には遠い親戚に韓国俳優のチャン・ドン・ゴンがいるし、また私の従兄の娘にはシャンソン歌手の竹下ユキがいるが、ユキさんの声は私の方の血からではなく、彼女の祖母の方からで、私の血である祖父の方からではないようだ。私に音楽の才がないのがわかる。でも姉や甥の音楽の才能はどこからきたのだろう。

私達家族は、休暇で家族が揃うとやる事は決まっている。もちろん映画鑑賞だ。<映画好き>それも血か?父が生きていたら、どんなに映画の事で話が弾んだ事だろう。

父に小さいころから聞かされていた曲はどの曲もみな好きだ。ある時、ピアノの発表会で大好きな『ラ・ボエーム』の中の『ミミのアリア』を弾く事にした。これを弾いていると、若かった父がラクダ色の肌着で踊っていた姿が飛び交うのだ。

ピアノの発表会ではこれを弾く前に選曲について一言、言わなければならなかった。私にとってはピアノを弾くより、話す方がずっと楽で楽しい。いっそのこと、語りだけでピアノを弾く方をカットしたいくらいだ。もちろん、私は父のバレエ姿の話をした。

弾き方の参考に『ラ・ボエーム』のCDを図書館で借りて来た。何回も聴いてみた。そのうちに気がつくと、CDを聴きながら私は踊っていた。エッ、これって父と同じ事をやっているではないか。ラクダ色の下着姿ではないけれど。

夫の方の血

夫の方は、父親が亡くなった際に父親と音楽の事を次のように書いている。

「前略‥‥ ドイツ製の重厚なステレオが残された。右側にはレコードプレーヤーがあり、左側はレコードを入れるようになっていた。重なっているレコードをひっぱり出してみると、底の方に赤茶けて破れたジャケットの七十九回転の古いレコードが出てきた。

レコードの中央には色のあせた紫色の地にカタカナで『チャイコフススキー交響曲第六番』とあった。父がクラシックを好んだということは知っていたが、家でクラシックを聴いていた姿を見たことはなかった。

そのレコードをかけてみた。すごい勢いで回るレコードに針が降りると、ザーザーという音が聞こえ、すぐに静かになってあの地面から沸き上がるような超低和音の中に暗い『ラ・シ・ドー・シ』というバスーンの旋律が部屋の中に充満していく。有名な『悲愴』第一楽章アダージョである。

当時の若者が、ロックンロールを好みクラシックに遠かったという以上に、私はクラシック音楽のもつ貴族趣味を生理的に嫌った。自分の家がそういう系統であったからだ。

そういう家の長男なんてまっぴらだった。しかし、父が亡くなり<軽薄な貴族趣味>と反抗する対象を突然失ってしまったのである。レコードはあっという間に片面を終え、私はひっくり返して続きを聴くという作業をした。

そして父の人生を思った。チャイコフスキーのこの音楽が、父の報いられなかった一生を物語っているようにも思えたのである。

父は韓国からバークレー大農学部に留学、農業組合会長から政界に入り、国会事務総長になった。朝鮮動乱の時には、国連で国連軍の出動を要請するスピーチをし、日本との国交正常化のために家族をひきつれて訪日した。

ところが、その後、李承晩大統領と意見が対立し、帰国命令に従わなかったのでそのまま家族と日本に留まった。その後十三年経って韓国では全国的な学生デモから革命が起こり、李承晩大統領は追放された。

その直後父には韓国の政界に戻るようにという話があったが、しばらくして、二度目のクーデターが起こり、父の友人達が多く殺害された。

以後オヤジは韓国政治に関わることなく、そのまま日本に住むことになり、まもなく、逝ってしまった。‥‥後略  『平成』誌より抜粋」

ニューヨークにいる息子は、オバマ氏が前大統領候補の時には行進に加わったくらいで、夫も息子も政治に関心が深い。これは、夫の方の血か?義父も生きていたら、息子や夫と今回の大統領戦について、口角泡を吹いて楽しい議論ができたろうに。

夫は義父について「報いられなかった一生」と言っていたが、そんな事はない。息子や娘、孫達の血の中に私達の親のDNAは受け継がれているし、受け継がれ続けるだろう。

また娘や息子の結婚相手がメイフラワー号でヨーロッパから来た子孫だったり、コロンビアやブラジルの血を持った者達だから、またこれからが面白くなっていくだろう。

それにしても世界の平和を望まざるをえない。

竹下弘美
 

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2 Replies to “子孫に受け継がれていくDNA ”

  1. いつものように、楽しく読ませて頂きました。最近私は、この「愛のひとさじ」の中毒患者になっているようで、弘美さんの記事を読まないと、気が落ち着きません!!?
    いつか李先生も「ラクダ色のももしき」はいて、踊り始める日が来るのでは????

  2. 中毒患者さま

    ありがとうございます。でも毒があるかもしれませんから、お気をつけてくださいな。

    織田先生のように 音楽の賜物があるってどんなに楽しいことでしょう。私にはわからない世界でしょうね。

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