明日世界が終わるとしても、私はリンゴの木を植える

あばたも笑窪の時代は去った。

かなりの年になって、ひょんな事から、歯の矯正をする羽目になった。

それより少し前に夫がつくづく私の顔を見て、「ひどい歯並びだな」と言った。今までの長い結婚生活で、私の顔を見た事がなかったのだろうか。「あばたも笑窪」の期間がずっと前に過ぎてしまった証拠だろうか。それにしても気がつくのに長くかかったものだ。

私は小学校から中学にかけて虫歯がなく、いつもクラスで二人選ばれる虫歯予防デーの時には、表彰直前まで行ったのだが、最後の歯並びで落ちた。

毎年表彰されていた友人の歯並びは、まるで馬のように整っていた(先日四十年ぶりで彼女に再会したら、その御自慢の歯はもうぼろぼろになったそうだ)。そのころは、矯正などしている人は一人もいなかった。そんな技術がある事さえも知らなかったし、そんなゆとりもなかった時代だ。

歯医者さん大好き

歯医者さんに行くのは大好きで、それを知っていた近所の歯医者さんは、いつも一回で済むクリーニングを二回に分けてくれた。

大人になって渡米してから、虫歯ができ、特に出産後は多くなったが、治療が必要となっても、歯医者さん好きは相変わらずで、検診の知らせが来るとすぐ行く。かかりつけの歯医者さんと仲良くなる。私の世話好きな持病で患者さんをどんどん紹介してしまう。

北カリフォルニアでかかっていた歯医者さんは、日本人の歯医者さんがリタイヤした後、引き継いだ若い中国人の青年歯科医だった。

真面目で向上心に富み、そのころ矯正歯科のライセンスを取得した。そこで、その当時出たばかりのインビザラインという矯正の仕方で、私に歯を矯正してみないかと言って来たのだ。特に多くの患者さんを紹介している私には二千ドル安くしてくれるという。つまり私は彼の実験台というわけだ。

もう今では知られているが、従来の矯正のようなワイヤーを使用しないで、透明なプラスチックの方を歯に嵌めていくものだ。二週間ごとに型を変えていく。コンピュータの動画でどのように変わっていくかも見せてくれた。

この年齢になっていつ死ぬかわからないのに、その必要があるだろうか。姉は「でもお棺の中で歯並びが良いのもいいじゃないの」と肯定的。それに夫の「ひどい歯並びだな」の声も響き、またリー先生にその機会も与えてあげたいと、やってみる決心をした。ちょうど臨時の収入の目途も立ったからだ。

まず、可能かどうかを検査するため、歯型を取られた。それから一ヶ月半、何の音沙汰も無かった。できないのかもしれないと、内心ほっとした。しばらくして、ドクターから友人の矯正歯科医に相談しているからもう少し待つように、という電話があった。そして、可能性は大という返事だった。

そして、いよいよ型が到着したから、来院するようにとのことで、行ってみた。まず歯をクリーニングしてから、歯と歯の間に零点三ミリの隙間を作り、上にも下にも歯の所々にボタンと言われる同じ色の引っ掛かりを作っていた。

そこに型がぴったり嵌るようにするのだ。先生が型を入れてくれ、それをとり外す。上の型を入れる時に痛みが走って驚いた。

きついからだそうだ。自分で取り外してみるようにと言われ、ドクター、アシスタントと私の三人がぞろぞろトイレの洗面台の前に。鏡を見ながら自分でやろうとするが、一向にできなかった。

ドクターが入れてくれて、それを外そうとしても取れない。奥歯から外していくように、シャープなものは使わないようにと言われた。ドクターは使い捨て手袋の上からでも奥歯に指を入れてなんなく外せるのに、私はなぜできないのだろう。

これは食べる時に外すが、少なくとも一日二十時間は、嵌めておかなければならないそうだ。あまりにも不器用な私にあきれたドクターは、私に一日目は外さないで、つまり食べないでエンシュワーを飲むようにと言った。栄養ドリンクだ。

猫の手よりましな夫の存在

翌日の夕食前に初めて外す事を試みた。外れないではないか。よだれが垂れて、なんと無様なことか。壊しても困る。ついに夫が手を貸してくれた。夫は爪を私の口の奥歯に入れてパカッという音をさせて外してくれた、夫の存在が猫の手よりもましな事がこれで証明できた。

その翌朝も昼もエンシュワーだけにして夜まで外さなかった。夫の手助け無しには外せないからだ。この分だと食べる度に、外すのが大変だから、間食をする事が無くなり、痩せるかもしれないと期待した。嵌める方は簡単にできるようになった。

ドクターが心配して電話をして来た。外せなかったら、オフィスに出向くようにと言ってくれたが、自分でできなければどうしようもない。すでに六か月も前から同じインビザラインをやっていた娘に訊くと、慣れればなんともないと言う返事だった。

たしかに、小さい時、自転車に乗るのを習った時も、あんな二輪の上に乗れるはずがないと思ったのが、乗れるようになったし、コンタクトレンズを初めて入れる時にもこんな事はできないと思ったではないか。

それらの事を思い起こして、絶望的になりかけていた自分を励ました。全工程三十分かかった。これを二年近く続けるとは?私の決断はまちがっていただろうか。矯正途中で天国行きになるかもしれない。でも「たとえ明日世界が終わるとしても、私はリンゴの木を植える」のルターの言葉があるではないか。

前に九十歳の婦人が台所の改造をするという話をきいて、驚いた。彼女は明日にでも死ぬという年齢である事は考えずに常に将来を見ている人だった。

次の日、案ずるより易し。二分で外せるようになり、その後、日毎にやり易くなっていった。

これだけの努力と時間をかけたのだから、完了するまで生きていないと、もとを取らない。木を植えるだけではなく、リンゴが実るのを見たい。

そして二年、矯正は完了した。これで、お棺の中でも歯を見せる事ができる。やはり、生きているかぎり、木を植え続けて、その成果を見よう。

竹下弘美

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6 Replies to “明日世界が終わるとしても、私はリンゴの木を植える”

  1. これは2年前の話でしたか?いつも歯並びの良い笑顔を見せてくれている弘美さんのどこを見て、李先生は「ひどい歯並びだ!」などと言ったのかな?と不思議に思って読ませて頂きましたが、それはGVICに来る前のことでしたか?
    実は、先週家内が「髪の毛が増える塗り薬を見つけたので、買って持って行こうか?」と言ってました。家内も私の頭を見て、やっぱり李先生のように「酷いハゲ頭!」と思っていたのだろうか? ショック🤯! 弘美さんは、良い歯医者さんと、格安で植毛してくれる良い先生をご存知ですか?これは付けたら永久に外れない方が良いです。だって私も棺桶の中で2~3本の毛だけのハゲ状態では横たわりたく無いです!「シェーン」の映画の最後に子供が「シェ~~~~ン、カムバ~~~ック!」と叫んでいるシーンで終わりましたが、私は今「マイヘア~~~~, カムバック!」と日々叫び続けています!

  2. 2020年に絶対に効く植毛剤が発売されるときいています。
    でも棺の中で世の光も良いのではなないでしょうか。

  3. クレンショウに在った日系人歯医者さんを弘美さんから紹介して頂いて、私は生まれて初めて歯石取りというものを体験したのです。
    まだ手動でガリガリするものでしたが、ずーっと歯科衛生士の女性が、まるで小さな子供を励ますように言葉をかけ続けながら、治療してくれたのを覚えています。だから、大っ嫌いだった歯医者がアメリカで好きになり、今ではやっと日本でもアメリカの歯医者さんのように、予約の時間をたっぷり取って痛くなく治療をしてくれるようになり安心して通えます。ハレルヤ!

  4. まあそうだったの?
    よかった。
    あのドクターが私達にとっても始めてのアメリカでの歯医者さんでした。

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