ギルロイのガーリック・フェスティバルで乱射事件―遠未来の人々との絆

お祭り好き

子供のころから、お祭りが大好きだった。幼いころ、八幡様のお祭りの御神輿について行ってしまい、暗くなっても帰らずに母を心配させたこともある。綿菓子、金魚すくい、人々のなごやかさ、あの平和な楽しい雰囲気が好きなのだ。アメリカに来てからも、なにかにつけ、お祭りがあると行きたくなる。

血が騒ぐとはこのことか。家人は子供達も含め一向にお祭りには興味がない。なんとかだまして、そのたびに「一生のお願い」の切り札を使ってグリークフェスティバルやパンプキンフェステイバル、各地のア-トフェスティバルに少しは行ってもらったことがあるが、いつも帰りには「もう二度と行かないよ」と夫に宣言される。

ギルロイのガーリックフェスティバル

かつて住んでいたサンフランシスコ空港に近い我が家から、一時間ほど南下したギルロイ市のガーリックフェスティバルには、かねがね行きたいと思っていた。この市ではアメリカ全土の八割の葫(にんにく)を生産しているという。フリーウェイでこのあたりを通るとなんともいえない葫(にんにく)の匂いが漂ってきて、ギルロイが近づいたとわかるくらいだ。

ここで、夏の葫(にんにく)の収穫を祝ってガーリックフェスティバルが開かれるようになった。一九七八年に同市にあるガビラン大学学長が、ギルロイを世界の葫(にんにく)首都と宣言して地域の葫(にんにく)業者を昼食会に招いたのが始まりだという。それから毎年葫(にんにく)料理をふるまうことを主としたフェスティバルとして恒例になった。

今では金、土、日の三日間に十三万人もの人達が集うという。近くに住んでいても、一回も行ったことがなかったが、幸いある年にシアトルから友人がこれを見物したいと我が家にやってきたので、でかける理由ができた。「一生のお願い」の切り札を使わなかったのに珍しく夫も同行。

すでに行ったことのある友人達に情報を聞いたところ、みな二度と行く気はしないような口ぶりで心配だった。ほこりと暑さがひどいという。それを防ぐためには朝早く行くこと、日焼け止めを塗り、帽子をかぶっていくことを注意された。フリーウェイ101の横に電光板でガーリックフェスティバルには次の出口で出るようにとの表示が出されていた。

降りてからも延々と田舎道を表示に従って進み、ようやく泥道の原っぱで、車を誘導するボランティアの人達が次々と駐車場に導いてくれた。といっても雑草を刈り取った原っぱの赤土に水をまいて、ほこりを抑えているだけの駐車場だ。遅くなると、出口からどんどん遠くなるから、早く行くようにと言われた意味がここでわかった。

暑いどころか、曇り空で、肌寒かった。まだ、九時。開園は十時だということで、かなり近くの駐車場に停めることができた。それでも、もう続々と人が集まって、入り口には長い列ができた。あまりにも多くの人が待機していたので、「今日は早く開園します」と十時前に開園してくれた。

すべてがボランテイアの人々で運営されている非営利団体であることも面白い。まず、名物の大フライパンでの料理を見物、何人もの料理人が大きなフライパンで葫(にんにく)を使った炒めものをしている。

途中でワインを入れるからだろうか。火がボッとつく。いろいろな出店が出ているので、それらを見学。アクセサリー店では葫(にんにく)をかたどったネックレスを売っていたり、笛のお店では葫(にんにく)の形の笛を売っていたり、やはり、葫(にんにく)にちなんだ出店が多かった。

そろそろお腹がすいてきて、何を食べようかということになった。どれも葫(にんにく)を使った料理だ。ガーリックフレンチフライ、フライドカラマリなどすべて、葫(にんにく)の味がしっかりとついている。

フライドガーリックを頼むと、丸ごとの葫(にんにく)をフライしたものだった。食べてみるとホクホクして、もはや、葫(にんにく)の匂いはなく、ゆでたじゃがいものように変身していた。

続いてガーリックアイスクリームを試そうとしたところ、フリーで食べさせてくれた。シャーベットに葫(にんにく)が少しざらざらと感じられたが、案外食べられる物だった。人がぶつかるくらい増えていき、太陽もじりじりと照ってきた。

ステージではクッキングショウが行われ、またライブバンドも祭りの情緒をかきたてる。 ディズニーランドのような人出だ。大きなテントの中で皆、ゆったりと葫(にんにく)料理を食べている。平和そのものだ。この三日の間に葫(にんにく)二トン、十トンの牛肉、四トンのパスタ、四トンのカラマリ、二トンの海老が準備されたということだ。

未来は?

こののどかな情景と、また、食べ物の豊かさを見ていると、世界のどこかで戦争をやっている所があり、また食べ物がなくて死んでいる人がいるということが想像できないとその年には思った。

ところが今年は、このかつてのどかに楽しんだ場所で乱射事件が起こったのだ。正規の門には持ち物検査のところがあったわけだが、若い犯人はそこを通過せずに囲いを破って侵入。

子供を含め3人を死亡させた。アメリカではこのごろ乱射事件が絶えない。いったいどうしてしまったのだろうか?日本も含め、怪奇な事件が起こっている昨今だ。

ガーリックフェスティバルに行ったあのころには、豊富な食べ物をみながら、世界でまだ飢えている子供達がいることに思いを馳せたものだったが、今やそれどころではない。

このギルロイの事件の直後にもオハイオで、またテキサスではショッピングモールで連射事件が起こった。これから育っていく子供達の未来はどうなるのだろうか?

このような絶望的な未来を憂いて、これからの世界には将来がないと、子供をあえて持たない友人達もいる。

地球温暖化や食糧問題、増加する犯罪を思った時に「遠未来の人々との絆」戸川達男書(東京図書出版)に出会った。私達は今生きている自分の生涯のことしか考えないけれど、これからは人類の未来を考えていかなければならない、と著者は言う。

この本は「地球温暖化をはじめとする環境問題が、人類の滅亡にもつながると言われているにもかかわらず、具体的な対策をとることができずにいるのは心の問題であるとし、未来の人々を身近な隣人としてとらえ、未来の人々を救済するという視点で、問題を論じている」とアマゾンで科学者としては珍しい視点だと紹介されている。

まず、今起こっているあらゆる問題は人間の心の問題から解決していかなければならないと思わせられた。今生きている時だけのことを考えるのではなく、これからの世代にも目を向けていくように心がけ、次世代の子供達にも教えていく使命があるだろう。

心配なくどこのフェスティバル、映画館、また買い物に行ける時が再び来るように祈らざるを得ない。

*「遠未来の人々との絆」著者紹介


https://www.nttcom.co.jp/comzine/no064/wise/index.html

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