Good Old Days 

シートベルト無着用でチケット

ひさしぶりでポリスに捕まった。同乗していた、日本から来たばかの方がシートベルトをしていなかったからだった。若いさわやかな坊主がりのオフィサーが出て来た。

運転していた私に責任があり、チケットを切られるところだが、彼女の三十四歳という年を聞いて判別のつく年だからと、彼女だけにチケットが書かれた。

罰金は?と聞くと、後で連絡が来るとの一言。彼女を乗せる時に、私が確かめるべきことだった。ここに住んでいる人は、シートベルトが常識になっているから気にしたことがなかったのだ。
「良い経験だったじゃないの。これから、必ずシートベルトをするようになるし、運転免許には影響ないって言っていたから大丈夫よ。面白かったと思わない?」

いつも状況をエンジョイする私は、このようにMさんに言った。そして、この経験が彼女にとってもアメリカでのポジテイブな良い思い出となるようにと願った。というのは、私たち夫婦にとって、渡米直後にパトカーに止められた出来事は、良い思い出として残っているからだ。いつもオフィサーの温かい気持ちに接することができた。

一回目はあまり感激して、毎日新聞に“ウインクの効用”という題で次のように投書したくらいだ。

ウインクの効用

“…….免許証を見せてくれとのことで、さっそく国際免許を見せながら、何がいけなかったのか、と尋ねました。女の人が道路わきに立っていたのに気づかなかったか、というのです。私は気がついたけれど、彼女は横断しようとしていなかったようだ、と答えますと「歩行者が歩道から降りている場合には、どんな時でも止まらなくてはいけない」とヘルメットの下から青いこわい目が、私を凝視して言いました。

「あー、罰金か」と観念した次の瞬間、彼はにこにこして「今回はいいけれど、この次から注意しなさい」とあっけにとられた私を残して走リ去りました。次の信号で彼のバイクに追いつき、手を振ると、なんと彼は私にウインクしたのでした。その後は幸い無事故で、毎日運転を楽しんでいます。“

また、夫と町中に新聞を買いに行った時のこと。そのころは貧しくて、毎日新聞をとる余裕はなく、フードセクションの載っている木曜版だけを自動販売機で買っていた。フードセクションにはクーポンがついていて、新聞一部を買う値段よりもクーポンを使用して買い物をする方が得したからだった。

数々の経験

ある木曜日、その頃は白人ばかりだったイングルウッドのダウンタウンで、自動販売機がある反対側の歩道に車をUターンさせた。すぐ後ろにポリスカーがいて、一緒にUターンしたと思ったら、すぐ赤いランプが点いた。Uターン禁止のところだったのだ。免許証提示を求められた。

夫はポケットに手を入れて、気がついた。家を出る前にズボンをはきかえたので、お財布は前のズボンのポケットだ。ありのままを話し、自分の家はすぐそばだから、一緒に来てくれないかとオフィサーに言った。今から考えるとナイーブだった。

運転免許証を保持していなかった違反と、Uターン違反のふたつの違反をしていたのに。 オフィサーは苦笑いして、助手席にいる私の免許証を見て、家に帰るまで運転は夫に代わって私がするように、そして「ポリスはみんなが自分のようにナイスではないから、これから気をつけるように」と言って笑顔で立ち去った。私たちの貧しさがわかったのかもしれない。

この間のMさんとの時も、とても感じの良いポリスだった。もう少し私がMさんを弁明してあげられたらチケットではなく、warning だけで済んだだろうか。とも思ったが、私たちが経験した良き思い出は、Good Old Daysだったからかもしれない。

そういえば、今よりもずっと人間の温かさを感じることが多かった。あの頃は、交通違反のチケットに不服で、裁判に出かけても、情場酌量の場面を見ることがあったし、また、こんなこともあった。

貧乏学生だった夫と私は、その頃はガソリンも安かったので週末、よくドライブをした。 それが唯一の、私たちのお金のかからないレジャーだったのだ。ロサンゼルスからほんの少しドライブすれば、デザート(砂漠)になる。時々オーバーヒートをするようなオンボロ車で、それをなだめながらのドライブだった。木陰に停まって、車も私たちも一服する。車は三十分に一台見るか見ないかのようなところだ。

ある時、私たちが休んでいると、対面から一台の車がやってきて、私たちの前で止まった。それはたしか、ほんの少し前に私たちの前を通り過ぎた車だった。彼は車から降りてきて、“Do you need any help?”と尋ねた。きっと私たちのオンボロ車を見て故障で困っているのではと、引き返してくれたのだろう。

日本から来たばかりの私たちは、アメリカ人ってなんて親切なのだろうと、この好意にとても感謝した。

その後、ヒッチハイクの人を乗せたため、殺害されたり、ひどい目に合わされる人たちが出てきて、このような親切もなくなっていったようだ。あの頃は、教会のドアはどこでも開いていた。

アメリカも日本もどんどん殺伐としてくるこの世の中。せめて、自分がほかの人に潤いを与えることのできる者でありたいし、次代を担う子供達にも伝えていきたい。

ちょうど、“斎藤隆介の世界”というひとり語りの吉田智子さんの公演を見る機会があった。その中の「花咲き山」には、“人は人に優しくするとき、一つ花が咲く。命をかけてすれば山が生まれる”とあった。

“私がひとつの花を、貴方もひとつの花を”でも山が生まれるだろうか。世界的な津波や地震の援助も山を生むかもしれない、とまた楽観主義の私は思う。

竹下弘美

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