幸福の瞬間

  

猫をじゃらすとき

幸福と感じる時は?という質問をされたら、私は躊躇なく答えることができる。その答えは猫を布団の上に載せて中から足でじゃらす時である。

次元の低い話だが、幸福とはどの人にとってもそんなものではないだろうか。それは子供のころから今まで変わらない。私の老後について夫は彼の死後も心配しないという。私には猫がいるから。

野良猫が家でお産をしたことが始まりで、その時生まれた子猫、トムが私の子供時代を豊かにしてくれた。末っ子で愛されるばかりであった私にとって愛する対象ができたということは大きなことであった。そしてトムが幸福の瞬間を教えてくれたのだ。

私の愛でいつかトムは王子様に変身するのではなどと馬鹿げたことを思うくらい、少女期を共にすごした最初の猫だった。そして、白地に黒のぶちがほどよく配置された、私にとっては最高に素敵な猫だったのに友人が見に来て、「これが貴方のハンサムなトム?」とあきれた時には驚いた。ほかの人の目にはただの駄猫だったのだろう。

アメリカにきてからは今まで、何匹の猫とかかわってきたことだろう。皆捨て猫だった。

ある時はイーストロスアンゼルスで衰弱して動けなくなっていた黒猫を拾った。診察に連れていったところ、普通動物は歯から年齢を推察するのだが、あまりにも栄養失調で歯がおかされているためにわからないと言われたくらいだ。その猫は人間から多分相当ひどい仕打ちを受けていたのだろう。

死ぬまでの何年かの間食事の時以外、しかも私以外の人には姿を見せなかった。また、ある時は身体がおできだらけの、これも黒猫を拾った。夫も私も拾うのをちょっと躊躇したくらい汚かった。でも私達以外助けてあげる人はないだろうと意を決して、近所の人に箱をもらって連れて帰った。お腹をすかせていた。

かつてはきれいな長い毛の猫だったのだろうが、おできで顔の半分の毛がなくなっていた。ガレージで食べ物を食べさせた。熱があるらしく水をたくさん飲んだ。ごろごろいって慕ってくる。すぐ、翌朝医者に連れていった。医者は箱を開くなり、すぐ閉じてこう言った。

「これは大変治療に長くかかり莫大な治療費です。一番良いのは眠らせることです」「せめてもう一日、食べさせてください」という私に「すでに苦しんでいるのだから、一日のばしてもかわいそうですよ」そのまま眠らせた。私は泣いた。レセプショニストも一緒に泣いた。きっとこの猫は、皮膚病になったために心ない飼い主に捨てられたのだろう。

ロスのシルバーレイクに住んでいた時には庭に来る野良猫にエサをあげていたら、毎日のように一匹、二匹とどこでききつけたか、口コミで(?)増え続けた。ある時夢を見た。朝ドアを開くと庭の木という木に鈴なりの猫、猫、猫。その猫達が皆餌をもらうのを待っている。

これだけの猫を私一人で養なわなければならないのかと恐怖で目がさめた。そのころから、動物愛護協会の会員となって野良猫野良犬がふえないための運動に参加した。また、年中拾うので家では全部飼いきれず、その猫達にホームをみつけてあげていた。犬、猫が非情な飼い主によって捨てられていること、SPCAには多くの犬、猫が貰い手を待っていることを多くの人に知ってもらいたい。

忘れられない猫、ジョナ

私達夫婦にとって忘れられない猫はジョナだ。イングルウッドに住んでいた時、アダルトスクールの帰り、月明かりできつねのようにやせた白い子猫を見た。あまりにもやせているので、家から食べ物をもっていってあげるとその食べること。体は骨だらけだ。

かわいそうなので、私たちのデュプレックスではペット禁止だったが、一応家に連れて帰った。大家さんに見せると私が猫好きなのを知って特別に飼っていいと言われた。その晩は夫とふたりで真っ白なジョナの毛の中から百匹ものノミをとった。きっと長いこと捨てられていたのだろう。そして、眠くなると夫の手のひらをチュウチュウ吸って寝た。

夫は毎日コンピューターの専門学校で必死の勉強をしていた。まだ、英語も不自由なころだ。それまで犬党だった夫だが、毎晩ジョナに手のひらを吸わせながら勉強した。そして、ジョナは毛のふさふさなとてもきれいな猫になって大家さんの庭を駆け回り、トイレに行きたくなると、大急ぎでドアに突進して帰ってきた。

その間に夫は学校を卒業、就職。今度は永住権の申請、そしてそれが却下されて夫は韓国へ、私は日本へ国外退去命令を受けるというような波瀾万丈なことがあった。その度にジョナを抱いて涙を流し、ため息をつき、そして永住権がもらえる見通しがつき、職がみつかってジョナと喜び、悲喜こもごもの日々をすごした。そしてジョナはある日病気になり長い入院のあと、夫の手の中で死んだ。私達はあまりもの悲しさに生きる希望を失った。

喜びも悲しみも共にした猫だったからだろう。もう二度と動物は飼うまいと思った。子供が生まれてからしばらくの間は飼わなかった。だがまた 十一年前に家の前に捨てられていた猫、ピーチェスを飼うはめになって今は子供ぐるみでかわいがっている。

いずれピーチェスも死ぬだろう。でも昔ジョナが死んだ時のように私達は動揺しないと思う。それは年のせいだろうか。それとも悲しみに対峙する勇気ができたのだろうか。私は今日もピーチェスを布団の上にのせてこの幸福の瞬間を存分に味わっている。

大学に行った息子から、 ”I miss Peaches” とeメールがきた。どうやら、息子にとっても幸福の瞬間は猫と共にいる時のようだ。               

竹下弘美

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One Reply to “幸福の瞬間”

  1. 息もつかずに感動しながら読みました。家族のみんなが優しく、飼ってもらった猫たちは本当に幸せでしたね。

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