ニューヨークで混んでいる、地下鉄に乗るコツは?

芸人の町

五月になって思い出すのは昔、息子のNYU(ニューヨーク大学)の卒業式にニューヨークを訪ねた時のことである。

ニューヨークの地下鉄はわかりやすいし、どこに行くにも二ドル(今は二ドル五十だとのこと)というのはありがたかった。その上一週間の周遊券はそのころ二十五ドル(今は三十ドル)だった。バスにもこのパスが使える。この周遊券をフルに使っていろいろなところに行った。前によくうろついていたホームレスの人々の姿は見えなくなっていた。

地下鉄の中でさえ、エンターテイメントがあるのはさすがニューヨーク。昼の地下鉄にはたいてい大道芸人が乗って来る。一駅の間にショーをすませて、お金を集めるタイミングもすごい。若い黒人のヒップホップダンサー二人もかなり上手だったが、なんとなくお金を出す気にはならなかった。

次に出くわしたトランペット奏者は、白人の老人でオーケストラのカラオケをバックに、私達好みのオールディーズの曲を二駅かけて演奏した。最後にニューヨーク・ニューヨークで閉じた時には、おもわず、トランペットの先にぶらさげていた帽子の中にお金を投げ込んだくらいだった。

彼は昔一世を風靡したトランペット奏者だったかもしれない。今はもう檜舞台には出られなくて、地下鉄の中では・・・などど、チャップリンの「ライムライト」を思い出した。

ブロードウエイのミュージカルも見たいと、タイムズスクエアの当日券を安く買うブースに並んでいる時にも、その列の中に三つ編みの髪の毛を一杯たらした南米人らしき男性が人込みのスペースをかきわけて来て、陣取った。取り出した洗面器のような金属の丸い器の中を叩き、見事に演奏し出した。

脇に置いてある箱には誰もお金を入れる様子がない。そうこうしているうちにポリスマン二人が現れて、彼は演奏をやめさせられた。きっとライセンスを取っていないのだろう。

一方の端ではマイクを持って歌い続ける男性もいた。この人は許可を得ているのか、堂々と歌い続けていた。でも彼の箱には誰もお金を入れていなかった。みんな自分のタレントを発揮する場所を探している。ニューヨークはそんな人達でひしめいているのだ。

NYU、Tishデパートメント(芸術学部)の卒業式

ブルックリンで間借りしている息子の部屋で雑誌、「ニューヨーカー」の五月十六日号を見た。表紙がおもしろい。地下鉄の電車のドアが開いているが、中は人でぎゅうぎゅう詰め。

プラットホームには卒業式のガウンと帽子を被った、今卒業したばかりの大学生が、地下鉄に乗れず、ひとり立っている。しかもそのガウンは息子達の大学のカラーだから、NYUの卒業生にあてているということは見え見えであった。

息子の行っていた芸術学部の卒業式は、エンターテイメント劇場で知られるマディソン・スクエア・ガーデンで行われた。2001年の八月末にニューヨーク大学に入学したこの学生達は一週間後にあの9・11の惨事に出会っている。

大学と目と鼻の先だった。私もその日は、息子と半日だけだが、連絡が取れなかった。学生達は、歩いてマンハッタン橋を渡って、避難したのだった。そのことを思うとよくこの四年間、がんばったと卒業生みんなを誉めたくなる。親の中にはニューヨークに子供を住ませておくことを危険に思ってすぐ退学させた人達もいたそうだ。

卒業式は芸術学部らしく、六人のダンサーのダンスで始まり、寸劇もあった。学長などの挨拶の後、それぞれの科の卒業生が起立すると、教授達が一言づつ、はなむけの言葉を述べた。舞台俳優科、写真科、映画テレビ制作科、舞台装置科、ダンス科と多彩だ。

ある先生は、速足で走るのではなく、自分の心臓の鼓動をきいて歩くようにとの言葉を。ある教授はあなた達は今から羽ばたくのですよ、と。ダンス科の先生はいつも踊っている自分の目の前が正面舞台だということを忘れないように、と言った。

何よりも受けたのは、ゲストスピーカーとして招かれた同窓生のジム・テイラーのスピーチだった。彼は「アバウト・シュミッツ」やアカデミー脚本賞を受賞した、「サイドウェイ」を書いている。

彼の話は一人の婦人がつぶやいた言葉、「I am not a muffin person」から始まった。その言葉をベーカリーの売り場で聞いた時、世の中はマッフィン好きな人と、嫌いな人の二つに分かれるということに気づいたそうだ。

それを話の糸口に卒業生に「あなたは何者ですか?」と問いかけた。自分がどんな人間であるかの種類別を自分ですること、自分を知ることから、始めるようにと。さすが、書くことの専門家だけある。聴衆を笑わせながら、核心に導いて行った。

芸術学部卒の学生は、この世の中で仕事をみつけるのは大変なことだろう。けれど、彼の言うように、自分が何者で、何をしたいのかを把握するなら、あの混んだ地下鉄に乗るコツを得るかもしれない。もしかしたら、地下鉄の中での大道芸人に終わるかもしれないが、たとえそうであっても自分がしたいことをすること、それが一番幸せなのではないか。

世界平和を

ワールドトレードセンター跡を見に行った。グランド・ゼロはかなりの広い土地だった。

あれから何年も経って今は新しいビルが完成しているが、私達が訪ねたその時には何千という犠牲者の名前が書かれた紙が貼られていたし、ビルの残骸で十字架の形になって残っていた鉄骨ががそのまま残され、フェンスのワイヤーには真新しい花が手向けられていた。

あの大学を卒業した学生達が羽ばたくためにも、あの大道芸人が好きな芸をし続けるのにも、自分を知って自分の道を行くにはまず、世の中が平和でなければならない。

竹下弘美

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