死は怖くない

近づく死

最近、身内の方を亡くされたというニュースを多くきく。とくにご両親の死に会われた方が多いのは私の友人達の年齢がちょうど、両親を亡くす年代になってきたともいえるが、その一方、同窓会名簿を見ても、ポチポチ故人となられている友人がいて、その友人たちとの学校時代の楽しかった時を思い出しては不思議な気がする。

必ず私たちひとりひとりに死は間違いなくやってくる。しのびよってくる。ただ毎日の忙しさの中にそれをごまかしているにすぎない。

百二才になられたおばあちゃまにインタビューをしたことがある。すでにもちろん、ご主人や子供さんの死にあわれている。彼女は淡々と彼らの死について答えてくれた。「自然のことですから」であった。もちろん、彼女の場合はクリスチャンであって、天国での再会を前提としているから、余計、受容しやすいのだとは思うが、もう人生の恐れそして怖れは何もないという境地に達しておられた。

私たちがいつも意識の根底に怖れているもの、それはどの人にとっても死ではないか。

Tuesday with Mr. Morrie

 
前にアメリカでベストセラーになった本、Tuesday with Mr. Morrie(モーリー先生との火曜日 NHK出版)は宗教書ではないのだが、死に対峙すべき方法をよく示唆してくれている本としてどなたにも一読をお薦めしたい。これは映画化され、ジャックレモンが主演した最後の映画として、注目された。

著者はデトロイトフリープレス紙のスポーツ記者。毎日試合を追いかけ、記事作成に追われている。殺人的な多忙さである。そんなある日、テレビ番組で彼のかつての大学での恩師、モーリー教授が難病に直面していることを知る。彼は、休めない仕事の寸暇をぬって、憑かれたように、モーリー氏に会いに行く。その日から彼は毎週火曜日に、モーリー氏が亡くなるまで、訪問を続けた。毎回トピックス(世界、家族、老い、金等)を設定して彼から個人レッスンを受け、それを最後の授業として本にしたのである。

その中で死について、モーリー教授は次のように言う。

「いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかも学べるんだよ」

「仏教徒みたいにやればいい。毎日小鳥を肩に止まらせ、こう質問させるんだ。今日がその日か?用意はいいか?するべきことをすべてやっているか?なりたいと思っている人間になっているか?」

「死ぬことを認識すれが、あらゆることについて見方がガラッと変わるよ。余計なものを剥ぎ取って肝心なものに注意を集中するようになる」

「多くの人が無意味な人生を抱えて歩き回っている。自分では大事なことのように思ってあれこれ忙し気に立ち働いているけれども、実は半分寝ているようなものだ。まちがったものを追いかけているからそうなる。人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創りだすこと」

「死ぬ前に自分を許せ、それから人を許せ」

著者はこのモーリー氏の個人レッスンで変えられていく。仕事第一で、二の次にしていた婚約者とのことの反省、仲たがいしていた弟との和解。モーリー氏は生きているうちに自分の葬式をしたいと、まだ痛みがひどくならないうちに生前葬儀をし、愛する人たちに心からの感謝の辞を述べ、それからしばらくして、静かに昏睡状態の中で亡くなっていった。

姑の死

 
先日、サンフランシスコの義姉宅で、日本からひきとった義母が亡くなった。八十八歳だった。私たちは、もうこの二、三日だからと言われて呼ばれた。すでに老衰で何も口にうけつけなくなっていた。

枕辺で、礼拝をするということだった。目は開けているものの、向こうからの反応はない。すっかりやせてはいるが、真っ白な髪、生まれつき美しい肌、死の床でも彼女は美しい。韓国語の讃美歌なので、私にはわからないので、彼女の顔を眺めていた、と、驚いた。皆が歌い始めると、彼女の唇が動いたのだ。

「見てみて、お義母さんが歌ってる」と讃美歌の譜を見ていて、そのことに気づかない皆に私は叫んだ。そして二曲目にも彼女は口を動かしたのだ。いつも慣れ親しんだ讃美歌だったからだろう。その二日後、日本から、サンディエゴから、義姉たち(義母にとっては娘たち)がやってきて子供たちが揃った。

その日、義母は一日中、目を開けて彼女たちが来るのを待っていたそうだ。一人ひとりお別れを言った、そして皆に囲まれて彼女はこの世を去った。残念ながら、私はその場にいなかったが、目撃していた義姉は涙ながらではあるが、「私、死ぬことが怖くなくなった」と言い切った。

モーリー教授は痛さの中でも死を怖れなかった。「死とともに安らぎがえられるんだ」と言う。彼もまた「死ぬのは生きるのと同じ自然なこと」と言う。

ベストセラーになった「葉っぱのフレディ」という絵本でも、木の葉が芽生えて緑になり、散っていくそれを人生にたとえて、子供に死は自然なことと教えている。

死は怖くない。 私もすでに自分の葬儀時の讃美歌と、歌ってもらう人をきめている。(その方の方が年上だから、万一の場合CDを作ってもらおうかと思うが)

「今日はその日か?用意はいいか?するべきことをすべてやっているか?なりたいと思う人間になっているか?」毎日小鳥を肩に止まらせよう。

竹下弘美

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2 Replies to “死は怖くない”

  1. Minakoさんから紹介され文章を読ませていただきました。
    死は終わりではない、怖くない。
    そして互いに許しあって歩むことを今一度覚えさしていただいて感謝です。イエスキリストが模範として歩んでくださったゆえにそうできること感謝です。

    1. まだお若いのでしょう?

      私の年になると天国願望が強くなってきています。
      クリスチャンでなかったら、どんなに老後がくらい事でしょうね。

      感謝

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