子供や次の世代へ私達が残していく贈り物は?

姪の結婚祝いの贈り物

日本にいる姪の結婚が決まって出席することになった時のこと。私にとってはただ一人の姪。お金だと簡単だけれど、形にならないから記念になる品物をあげたいと思った。 物だとそんなに金額を張らなくてもいいし、喜んでもらえる物を探す楽しみがある。

本人に何が良いか聞いてみたところ、彼女はすでに一人暮しをしていたから一応家財道具は揃っているという。私のセンスで何か洒落た物をというリクエスト。それでは日本にはない、アメリカならではのプレゼントを探してみようと思った。

私は、友人達と共同でベビーシャワーやウェディングシャワーの物を買う際には率先してその役を買って出る。予算内でいかに良いギフトを買うかは一つのチャレンジで大好きなことの一つだ。そして、贈られたプレゼントを開いた際の受け手の喜ぶ顔が好きなのだ。

いくらでもお金を出して良いのなら、簡単だが、包装紙やカードまで入れて予算内でどれだけ多く、また良い物を選ぶかが手腕の見せどころ。何でも良いのではなく、あくまでも相手の身になって考えることが決め手だろう。そのために一箇所で買えることはまずない。あちこち行って迷い、比べ、そして最終結論を出す。

あまり、すんなり一箇所ですべて見つかるとかえって拍子抜けがするくらいだ。その点、このごろのウェディングやベビーシャワーのレジストリーのシステムは便利だが、この才覚を用いることがあまりできず、つまらない。

自分がもらって嬉しい物を

昔夫が誕生日に高価な香水を買ってくれたことがある。私自身には香水をつける趣味はない。それを知っているはずなのに、そんなプレゼントをした夫に対して私は怒った。夫は会社の女の人に頼んでわざわざ一緒にデパートに行ってもらい、いろいろ嗅いでみて、一番と思ったものを買ってくれたというのに、喜ぶと思ったのに逆に怒られて心外だったようだ。

私の怒りは夫が私の好みを考えてくれなかったこと、彼の自己満足でしかなかったと思えたわけだ。その事があって以来、夫は私の要求する物以外は買ってちゃんとしたくれなくなった。

その後は私が欲しい物をくれるようになった。ある母の日には庭のホースとそれを入れるクレイの入れ物。また一度はそのころの家の草ぼうぼうの庭のために、誕生日に電気のこぎりをプレゼントとしてもらったこともある。皆私が欲しかったプラクティカルな物ばかりだ。

私が贈り物をする時に心がける第二のことは自分が気に入っている最高の物であること。 つまり自分がもらって嬉しい物であること。大学生のころ、友人三人で旅行をした。 一人の友人が絵葉書を買った時、中を開けて良いのはどけて、「これは自分用にとっておいてこのへんなのは、友達に出しちゃうわ」と言った。

私にとってそれは忘れられないショッキングな言葉だった。私は母に人様には一番良い物をあげるように、と躾られていたので、絵葉書も一番良いのから出していく。その時にはそれまで親しかったその友人が別世界の人に見えた。母は昔の人だから、お金も人様に渡す時には、銀行から今出てきましたというような新札をとっておいて、渡していた。

手作りの物

また手作りの贈り物ができたら、これに越したことはない。愛とは時間をかけること。手作りの贈り物ほど、愛に満ちたものはない。

ただし、手作りのものをギフトにする際にはちゃんとした出来であることに気をつけなければいけない。縫い方や作り方がひどい作品をもらった時には、お世辞でもありがとうと言えないものだ。 

捨てることもできず、どこかにしまわなければならない。これも作者の自己満足以外の何物でもない。果たしてそれが、客観的に見ても人様にげられるだけの出来映えであるかどうかを吟味する必要がある。飾り物の類も人によって趣味が違うから、控えた方が良いだろう。 

紫の花

自分がもらう物としてはこの歳になると物を増やしたくないから、鉢植えの花をもらうのが一番嬉しい。気にいったフューシャのつり花を先に自分で買っておいて、子供達に母の日のプレゼントにさせて、払わせたこともある。

また何か教えてあげることができたら、それこそ、最高のプレゼントではないだろうか。絶対に無くならないし、一生役に立つお料理や、お料理のヒントなども、教えてくれた人を思い出す。今思うと、母には生きている間に彼女の得意なアイロンの掛け方のコツを私と娘に特訓してもらっておきたかった。

故日野原重明ドクターの次の言葉を思い出す。

「今生きている私達は、自分の子供だけではなく次の世代への贈り物として、自分達が伝えなければならないことがあるはずで、それを残していくべきだです」

それこそ一番大切な贈り物だろう。それは特別なことではなくても私達が真摯に生きる、その生き様で良いのではないだろうか。「子供は親の背中を見て育つ」というではないか。

結局、姪への結婚祝いは、通信販売でオーダーして新郎新婦の名前と結婚式の日付を編み込んだファーニチャースロー(家具にかける布)と、やはり日付と名前を“Things Remembered” で彫ってもらった写真立てにした。 加えて結婚生活の指針となる婦人乃友の購読料一年分と、全身のオイルマッサージの費用。そして、日本に着いてから挙式までの間に私が知っている簡単な料理を特別伝授というユニークなものとなった。

いつの日か、姪が私伝授の簡単なお料理を作りながら、亡き叔母の私を思い出してくれれば、浮かばれる。

竹下弘美

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2 Replies to “子供や次の世代へ私達が残していく贈り物は?”

  1. 将来、亡き叔母の弘美さん
     姪御さんは天国の叔母さんではなく、アメリカの叔母さんのレシピで優しい叔母さんの事を思いつつ美味しい料理を作っていらっしゃることでしょう。
    今は昔、私が娘時代の時、友達の結婚祝いに私が編んだレースのテーブルクロスをあげました。それから音信不通になっていたところ50年ぶりくらいにひょんな事から再会しました。その時、私は忘れていたのだけれど、これ貴女に頂いたものをよとそのテーブルクロスを見せてくれました。50何年間ずっと持っていてくださったことがとても嬉しかったのを覚えています。

  2. 雅莉子さま

      すてきなお話、テーブルクロスを編んであげるなんてすばらしいですね。私ももう一度結婚したら、お祝いに編んでくださいますか?

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