柿三昧

柿の木のある家にお嫁にいく

柿好きな私にとって今年は最高の年であった。これほど柿を食べたことは今までの人生でないと思うくらい食べた。

いや、今も食べ続けている。柿を常食として糖尿病になった話をきかせてくれる人もいて、少し、控えなくてはならないと思いつつも、あればあるだけ食べる。いくら食べてもお腹をこわすこともない。

かつて飼っていた猫はいつもはマナーがよく、テーブルフードには興味がなくドライフードしか食べない猫だったが、夫が柿を剥いていると、テーブルの上に飛び乗り、催促した。さすが私の猫である。  

我が家に柿の木があるわけではない。小さいとき、「柿の木のある家にお嫁にいく」が私の夢であった。植えれば良いわけだが、幼い私には、はじめから柿の木がある家が憧れだったのだ。そして、実際、夫の日本の家にはとても立派な柿の木があった。

夢が実現したわけだが、アメリカに来てしまったし、その家は売られてしまった。
南カリフォルニアに住んでいたとき、柿の木を植えたことがある。そのころは米国ではまだ、柿はポピュラーではなかった。

庭師やさんに日本人のナーサリーから良い木を選んでもらって丁寧に植えてもらった。ところが大事にし過ぎて、肥料をやり過ぎ、だめにした。

これは子育てと同じだ。過保護は禁物。

北カリフォルニアの家では鹿が食べてしまうことがわかったので、植えるのはあきらめた。

持つべきものは友

家に木はなくても、持つべきものは友である。柿の季節になると、「お好きでしょう」とあちこちからいただく。

昨年はどこの家でも、リスに食べられてしまったということで、手に入るものも少なかったが、今年はどこも成り年で、しかもリスにやられなかったのだそうだ。リスが常食とする木の実(これが何だかははっきりしないのだ)が昨年は不作で、柿がその分やられたとのこと。今年はそれがなかったがために損害を被らなかったから豊作だったのだともきいた。

シェアする喜び

私は人と喜びをシェアするのが好きだ。母にそのように躾けられた。何でもおすそ分けしたくなる。

昔義母が、義姉の庭で採れた苺を食べきれないくらいもってきてくれたことがある。私は自分達の食べる分だけ取ったあと、お隣や友人に分けようと手配した。義母は大変気を悪くした。

「これは、弟に食べてもらいたいと姉が私に持ってこさせたのに、私の息子の口には、ほんの少ししか入らないじゃないの」

「でもこんなに食べられませんよ。悪くなってしまうし」

「ジャムにしてでも、人にはあげないでこの家で食べなさい」

「私は人となんでも分けて、愉しみを倍にするように母に育てられました」

私は義母に口答えした。なんと生意気な、かわいげのない嫁だったろう。年をとった今、できていなかった自分の姿が恥ずかしい。

「年をとるということは、それまで見えなかったことがいろいろ見えてくるからすばらしい」と、友人が言っていたが、それは本当だ。

恵みは流すもの

そのようにいつも人におすそ分けをするのが好きな私だが、柿に関してだけは今まで独り占めしていた。それだけ好きだからだろう。そうなると、あの義母のこともわかる気がしてきた。

ところが、今年の柿の豊富さはすごい。毎日曜日、教会に誰か必ず持ってきてくれる。また電話が鳴るとおもうと、「柿をさしあげたいのですが、お入用ですか?」
すでに家に柿が唸るくらいあっても、私は「はい、喜んで」ともらい続けた。

「ストックトンの両親の家にサンクスギビングで帰ってきたから、柿が三袋あるのよ。一つは会社に持っていくけど、あと二袋はあなたがもっていって」

と、勤めていたころの友人も覚えていてくれて電話が来る始末。彼女の柿は小粒だが、とても甘いということは、例年のことからわかっている。

いくら食べたいだけあると言っても限度はある。そのうちに少しずつ柔らかくなっていって食べ頃を逸する物も出てくるようになった。昔教会できいたメッセージを思い出した。「どんなにきれいな水も溜まっていたら腐ってしまうのですよ。恵みは人に流さなければだめです」

「皆に分けよう」私としては前例のないことだが、友人に分け出した。ところが、人に分ける度にまた他の人がくださるのだ。恵みを流すとまた恵まれることを身をもって体験した。
 
また電話が鳴った。「柿、欲しいですか?」瞬間、お断りしようかと思ったが、口に出た言葉は「はい、喜んで」

答えてから、恐ろしくなってきた。あまりにも多くの柿に囲まれて、夢の中でうなされるかもしれない。                  

柿の木のある家にお嫁にいく

柿好きな私にとって今年は最高の年であった。これほど柿を食べたことは今までの人生でないと思うくらい食べた。

いや、今も食べ続けている。柿を常食として糖尿病になった話をきかせてくれる人もいて、少し、控えなくてはならないと思いつつも、あればあるだけ食べる。いくら食べてもお腹をこわすこともない。

かつて飼っていた猫はいつもはマナーがよく、テーブルフードには興味がなくドライフードしか食べない猫だったが、夫が柿を剥いていると、テーブルの上に飛び乗り、催促した。さすが私の猫である。  

我が家に柿の木があるわけではない。小さいとき、「柿の木のある家にお嫁にいく」が私の夢であった。植えれば良いわけだが、幼い私には、はじめから柿の木がある家が憧れだったのだ。そして、実際、夫の日本の家にはとても立派な柿の木があった。

夢が実現したわけだが、アメリカに来てしまったし、その家は売られてしまった。
南カリフォルニアに住んでいたとき、柿の木を植えたことがある。

そのころは米国ではまだ、柿はポピュラーではなかった。庭師やさんに日本人のナーサリーから良い木を選んでもらって丁寧に植えてもらった。ところが大事にし過ぎて、肥料をやり過ぎ、だめにした。これは子育てと同じだ。過保護は禁物。

北カリフォルニアの家では鹿が食べてしまうことがわかったので、植えるのはあきらめた。

持つべきものは友

家に木はなくても、持つべきものは友である。柿の季節になると、「お好きでしょう」とあちこちからいただく。

昨年はどこの家でも、リスに食べられてしまったということで、手に入るものも少なかったが、今年はどこも成り年で、しかもリスにやられなかったのだそうだ。リスが常食とする木の実(これが何だかははっきりしないのだ)が昨年は不作で、柿がその分やられたとのこと。今年はそれがなかったがために損害を被らなかったから豊作だったのだともきいた。

シェアする喜び

私は人と喜びをシェアするのが好きだ。母にそのように躾けられた。何でもおすそ分けしたくなる。昔義母が、義姉の庭で採れた苺を食べきれないくらいもってきてくれたことがある。私は自分達の食べる分だけ取ったあと、お隣や友人に分けようと手配した。義母は大変気を悪くした。

「これは、弟に食べてもらいたいと姉が私に持ってこさせたのに、私の息子の口には、ほんの少ししか入らないじゃないの」

「でもこんなに食べられませんよ。悪くなってしまうし」

「ジャムにしてでも、人にはあげないでこの家で食べなさい」

「私は人となんでも分けて、愉しみを倍にするように母に育てられました」

私は義母に口答えした。なんと生意気な、かわいげのない嫁だったろう。年をとった今、できていなかった自分の姿が恥ずかしい。「年をとるということは、それまで見えなかったことがいろいろ見えてくるからすばらしい」と、友人が言っていたが、それは本当だ。

恵みは流すもの

そのようにいつも人におすそ分けをするのが好きな私だが、柿に関してだけは今まで独り占めしていた。それだけ好きだからだろう。そうなると、あの義母のこともわかる気がしてきた。

ところが、今年の柿の豊富さはすごい。毎日曜日、教会に誰か必ず持ってきてくれる。また電話が鳴るとおもうと、「柿をさしあげたいのですが、お入用ですか?」
すでに家に柿が唸るくらいあっても、私は「はい、喜んで」ともらい続けた。

「ストックトンの両親の家にサンクスギビングで帰ってきたから、柿が三袋あるのよ。一つは会社に持っていくけど、あと二袋はあなたがもっていって」

と、勤めていたころの友人も覚えていてくれて電話が来る始末。彼女の柿は小粒だが、とても甘いということは、例年のことからわかっている。

いくら食べたいだけあると言っても限度はある。そのうちに少しずつ柔らかくなっていって食べ頃を逸する物も出てくるようになった。昔教会できいたメッセージを思い出した。

「どんなにきれいな水も溜まっていたら腐ってしまうのですよ。恵みは人に流さなければだめです」

「皆に分けよう」私としては前例のないことだが、友人に分け出した。ところが、人に分ける度にまた他の人がくださるのだ。恵みを流すとまた恵まれることを身をもって体験した。
 
また電話が鳴った。「柿、欲しいですか?」瞬間、お断りしようかと思ったが、口に出た言葉は「はい、喜んで」

答えてから、恐ろしくなってきた。あまりにも多くの柿に囲まれて、夢の中でうなされるかもしれない。

竹下弘美

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One Reply to “柿三昧”

  1. 私は今年初めて干し柿つくりに挑戦し思いのほか簡単に完成!
    立ったの10個でしたが、買ってきた渋柿を皮をむいて焼酎で消毒しベランダに吊るして約1カ月でできました! 柔らかく甘くなり美味しかったです 中々渋柿は無いかも知れませんがもしありましたら挑戦してみてね 思ったより簡単ですよ
    私も来年はもっと干し柿を作りたいと思っています
    恵みは流すもの・・心に記してクリスマスを迎えたいと思います

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