捨てたものでないこのごろの若者 

ホテルマンのT君

三人のさわやかな青年と出会う経験をしたことがある。一人目は昔お世話をした青年T君。 

ある時、ガールフレンドを連れて訪ねてくれた。彼は大学生のころ、ロサンゼルスの親戚を訪ねて遊びに来た。その親戚が私の知人で、サンフランシスコに寄った折の、緊急時の連絡先として頼まれた。

そこで、我が家にどうぞと宿を提供したことがあった。快活な青年で、人間が大好きだから将来は、人間相手の仕事であるホテルマンになりたいということだった。 

彼は大学を卒業すると目的を遂行すべく、ホテルの勉強に米国にやって来た。まず語学学校に行き、それから他州のホテル専門学校を卒業し、インターンシップはサンフランシスコですることになり、そのころよく我が家に出入りした。そして、我が家に訪ねてきた時、将来マウイのリッツカールトンに勤めたいという抱負を語った。

なんとその時、同席していた友人がそのホテルに関係していたので、その方の口ききでマウイのリッツカールトンの試験を受けるチャンスがあり、合格。就職することができた。だが、夢の職場でもいろいろなことがあったらしい。

三年ほどしてから、ホノルルの最高級ホテル、ハレクラニに転職を希望したが、その時には、ビザがうまく行かずに断念して日本に帰らざるをえなくなった。ちょうど、六本木ヒルズのオープニングの時で、東京グランドハイアットにアシスタントマネージャーとして就職することができた。

そして、その後ホノルルから背広姿の写真が送られてきた。今回は今までの経験を生かして、夢であったハレクラニに就職できたのだ。ハワイなのに、背広を着て働かなければならないほど高級なホテルなのだそうだ。私は母親代わりとして、いつかタダで泊まらせてもらおうと、陰謀を企てている。

経験を積みマネージャーとなって、昨年のマネージャーオブ・ザ・イヤーに選ばれ、その賞としてラスベガス行きを獲得。帰りに私の家に寄ってくれたのだ。

ハワイからのお土産を出しながら、「今度ディレクターになりました」と一言。ガールフレンドも日系のハワイ生まれの同僚で、清楚なかわいい女性だった。二人は笑顔を残して帰っていった。

落語家、三遊亭あし歌さん

二人目は落語家の三遊亭あし歌さん。彼も若い。カリフォルニアのある老人からのeメール「死ぬ前に本ものの落語が生で聞きたい」に応えて、緋毛氈と紫の座布団を持参してカリフォルニアにやってきた。報酬はできるかぎりの送迎と宿泊所の提供でOKというふれこみだった。

高校生の時、ベイエリアでホームステイしていたことも、引き金になったという。結局ロサンゼルス、サクラメント、サンディエゴとあちこちから、公演を頼まれて、一ヶ月の間に三十回の独演をこなした。

私も公演依頼したのがきっかけで、初対面だ。迎えに行った時には、まるで十代のように見えたが、いったん講壇に登ると一変した。もちろん、着物と袴に着替えたせいもあるが、彼の姿形は消えて、別の世界に引き込まれた。

小道具はたった一本の扇子と手ぬぐいだけなのに、その噺からいろいろな場面を想像させる。まさに今流行(はやり)の一人芝居のはしりである。そして大いに笑わされた。向こう三年分くらい笑っただろうか。実に歴史を踏まえた芸術だけある。

落語というのは、たいてい間抜けな人が出てきて馬鹿らしいことを言う。笑いというのは自己の優越性から生じるというが、まさにそのとおりだ。そして同じ噺をきいても、何度も観衆を笑わせることができるというのはすごい。

その裏にはたいへんな努力と修行があったという。その噺のうまさ、しぐさのすばらしさ、さんざん大笑いして終わった時点では、皆がにこにこして、良い気持ちにさせられて家路につくことができた。

一種の癒しである。若い人達や子供達に落語を広めたら、今日本で起こっているいろいろな問題が解決されるのではないかとさえ思った。

小さい時、祖父母に連れられて寄席に良く通っていたのが、彼の将来を決めたのだそうだ。修行を積んだだけあって礼儀正しく好感がもてた。我が家に一泊してオークランドの飛行場に送った時には、さわやかさが残った。

駐在員のK君

三人目は日本から赴任してきたK君だ。
彼はエンジニア。いつも笑顔だ。髪が薄いことから、坊主狩りにしている。そうすると、顔全体が頭まで含めて笑顔で輝いているように見える。一休さんのようだ。笑顔でない彼を見たことがない。スポーツマンだからだろうか。

なぜあのようにいつも平静で、笑顔が保たれるのだろうか。彼にきくと、家族がまるで、サザエさんのような家族であったそうだ。愛情豊かな家庭に育ったため、人間が大好きだと言う。もうすぐ奥さんと娘さんが来米するので、彼と家探しをした。

それも私の仕事のひとつだった。私の勤めていた会社では、本人が先に赴任して生活の立ち上げを行い、三ヶ月後に家族を迎えることになっていた。

気にいったアパートがみつかった。ベイエリアとしては割と安い二千三百五十ドル、二寝室の所だった。家主と会ったところすでに十人近くの応募者だという。これは大変と思ったが、ここでも彼の笑顔がものをいった。

家主は「彼をリストの一番にします」と言うではないか。ほかにもっと収入の高い人がいたにもかかわらず、大家さん夫妻は彼をすっかり気にいって、レントしてくれた。

この三人は皆さわやかさを与えてくれる若者達だった。どうしてだろうか。この三人に共通するものは、愛情豊かに育てられ、人間が好きだということ。夢を追い、一生懸命、着実に生き、誠実さと目的思考をもって邁進する躍動感が満ちていたことだ。  
  
いまどきの若者もまんざら捨てたものではない。

竹下弘美

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