レッツウォーク、レッツロール 

                      

自然発生した歩く会

ベイエリアに住んでいたころのことである。それは友人が運動不足の私を誘ってくれて、私の休日の水曜日に近くの人工湖を、往復四マイル歩くことから始まった。

人工湖自体は六マイルまで続いていて、往復すると十二マイルで長すぎるので、二マイル歩く。二マイルの目標地に辿りつくと、そこの表示柱をタッチしてひき返すので、計四マイル歩くことになる。歩くことは運動神経の鈍い私でもできるし、他人に迷惑をかけない。血圧を下げること、血糖値を下げること、脳を活性化すること、すべてに良いそうだ。

六ヶ月ほどはひたすら、二人で歩き続けた。彼女はベテランで、私はいつもハーハー言いながら、追いつくのが大変なくらいだった。だんだん訓練されて、四マイルの道のりを一時間十五分で、歩けるようになった。

そのうち二人だけではもったいないので、知り合い(とくに日本から来たばかりの駐在員の奥様達(私が日系企業で働いていた故)に声をかけるようになった。たちまちメンバーが十五人にふくれあがり、二十人以上になって、その後もどんどん増え続けた。

初めのころは歩いたらすぐ解散だったが、その後、歩く場所をその都度変えるようにした。時には、サンフランシスコまで遠出をして、海岸を歩いた後、レストランに寄ったり、大きなモールに買い物に行ったり(これはかなり歩く)、メンバーの家の近くを歩くとその後、水が飲みたいということを理由にメンバーの家に上がりこみ、腰を落ち着けることになってしまった。

ある時にはすばらしいお雛様を持っている方が、お宅に寄るようにと招いてくれ、アメリカにいながら、ちらし寿司をご馳走になりながら雛祭りを愉しむことさえできた。

誘った時、無意味に歩くのはいやだといって参加しなかった方も、私達が楽しそうに歩いていることをきいて、参加を表明してきた。

歩いている間のおしゃべりが愉しい。ただ無意味に歩くのではない。生活の知恵の収穫はもちろん、ひいてはストレス解消、癒しとなっていることは、請け合いだ。とくに、日本から来たばかりの駐在員の奥さん達は、この場を紹介することによって、人脈や、情報を得、アメリカ生活になじんでいった。

その方達が、皆「この会で、皆さんと知り合うことができ、新しい世界が開けました。感謝しています」とコメントしている。会といっても規約があるわけでもなく、順番制で当番に当たった人がメールで集合場所を知らせるだけだ。

サンフランシスコ近郊のペニンスラと呼ばれている私がかつて住んでいたそこの地域の風光明媚は、また格別で、かもめや白鷺を見ることもできた。サンフランシスコ湾沿いを歩くのもコースのひとつだ。

中にはウォーキングディクショナリーの方がいて、草や木のことをきくと、豊富な知識の宝庫から必ず答えてくれる。前日まで雨でも、不思議に私達の歩く水曜日は晴れていた。サンフランシスコ湾を一望に見渡す丘をフーフー言いながら、登り下りしたこともある。

雨の後で、遠方にサンフランシスコのダウンタウンやベイブリッジが目に染みるほど、くっきりと見えた。芽吹いてきた春を感じながら、草木を愛でることができた。

そしてその中の日本に帰国した方々が歩く会日本支部を結成したくらい発展した。こんなことができるのも、健康で歩けるからだとつくづく思う。

そんなことを思っていた矢先、eメールで関連した良い話が回ってきたので、訳してみる。

「高校生の時の担任はとてもステキな先生でした。その先生のご主人が心臓マヒで急死して一週間目のことでした。学校に復帰した一日目の授業が終わると彼女は、
『授業は終わりますが、みなさんにぜひシェアしたいことがあります。教科とは関係ないのですが、とても大切な事だと思いますので』と、そう前置ききして、次のように語り出したのです。

『私達一人一人はこの地上で学び、喜びをシェアし、愛し、感謝するように生を賜わっています。でも誰として、このすばらしい経験がいつ取られるかを知っている人はいませんね。だから、皆さんに約束してほしいのです。これから、学校への行き帰り、極力美しい物に目を留めるようにしてみてください。見える物に限らず、匂う物でもいいのです。たとえば、よその家から漂ってくる焼き立てのパンの匂いだったり、音だったら、木の葉を微かになびかせるそよ風の音だったり、地面にゆっくり散ってくる枯葉に当たる朝日の様子でもいいのです。このように美しい物を探して、そして、愛でてみてください。小さないつも気にも留めない物に、心をかけるようにしてみてください。なぜって、いつか、このような物すべてが取り去られる時が来ますから』

クラスは水を打ったように静かになりました。皆、一言も言わずに教室を去りました。その日、学校から家までの間、私は今まで気がつかなかった、いろいろな美しい物を目にしました。時々あの先生のことを思い出します。あれからというもの、私はいつも何気なく逃してしまう物に対して、感謝をもって接するという生活態度を身につけることができるようになったのです」

Let’s Roll

これを書いたのはあの9・11の時、ワシントンDCに向かう飛行機の中で最後にテロリストによる死を目前にして、奥さんに電話をして“Let’s Roll “ という言葉を残したトッド・ビーマーの奥さんのリサである。

リサは自分自身が、彼女の高校の時の先生が言っていた通り、夫が帰ってくる時のガレージドアの音、子供達がその父親を迎えに走りに行っていたこと、そんな小さな事柄が、もう再び味わえないことを思いながら、このことを多くの人に伝えたかったのだという。

そしてリサは「レッツロール、さあ人生の次のステップへと勇気をもって踏みだしましょう」と最後をむすんでいた。これは亡くなった夫が教えてくれたことだという。

私もぜひ、歩く会の方々に、そして多くの方々に伝えたい。いつか、歩けなくなる時が来るかもしれない。だから、今歩けることを感謝し、また自然界の美しさ、お互いの間の小さな愛にもっと感謝するように。またたとえ、歩けなくても今日生かされていることに感謝するように。そして地上で生かされているかぎり、現状に打ち負かされることなく、立ち向かっていくようにと。

歩く会はただ歩くだけではなくいろいろなことを教えてくれた。      

竹下弘美

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