シンデレラの靴 – リスクのない人生は本当の人生ではない? 

童話の中の靴

女性にとって靴は、なんとなくロマンチックな思いにかられる物である。中でもシンデレラのガラスの靴は多くの少女達の夢を誘う。ウエブでみると、シンデレラの靴と銘打った靴を販売している所もあるし、シンデレラの靴というお店まであった。

またオズの魔法使いの中で主人公のドロシーが履いていた、赤いルビーの靴。彼女が、あの靴先をあわせて”There is no place like home”(我が家に勝るところなし) というシーンでは、あの赤い靴でなければならなかったような気がする。

あの靴でなかったら、魔法がきかずに、家に戻れなかったのではないかと思うくらいだ。フィリピンのマルコス元大統領夫人が、何百足もの靴をも所有していたと顰蹙をかったことがあるが、女性として許せるような気さえする。靴を変えることによって、気分を変えることができるのだから、女性の特権のひとつかもしれない。

夫と知り合った直後、初めて彼の家を訪ねた時のこと。玄関先に並んだ数々のハイヒールを見て驚いた。皆、柄の布でできていた。彼の三人のお姉さんたちが、ドレスと同じ布で誂えたものだという。そのころ、そんな贅沢をしている人達は私の周りにはいなかったから、羨望の目で見たものだった。

そういえば私も昔小さいころ、おぼろげながら、靴屋さんで、皮靴を注文してもらった覚えがある。でも私の場合は、高価だったからだろう。少し大きめに作ってもらって、つま先には母が綿をつめた。長い間、履くようにということだったのだろう。皮で丁寧に作ったリボンがついたチョコレート色で、ベルトが足首に交叉するようになっていた。気に入ったデザインだった。でも先に詰まった綿が心地悪かった。

また小学校四年生のとき、遠足で、東京郊外の高尾山へ行った。下山して帰ってきてから、しばらくしたら、足の爪がその爪も紫色に変わり、そのうちに腐ってはがれ、新しい爪が出てきた。きっと履いていた運動靴が、今のように足のことを考えて作られたものではなかったのだろう。

そのころ、私は靴の右と左を判別することができなくて、履く時にいつも悩んだ。悩みがないような年だったのに、結構そう考えると、人間いつでも悩みはあるものだ。

父が急に姉と私の写真を庭先で撮ってくれることになったのだ。今日こそ、ちゃんと右左を間違わずに履いたと思った。大人になってから、その写真を見てみたら、案の定、右左、反対に履いていた。

その後日本経済も発展して、靴のデザインもいろいろ出てきたし、また、流行もたえず変り、若い頃にはセールのたびに新しい靴を買うのを楽しみにしたものだ。若い時というのは、いろいろなことが楽しめる時だったのだと、過ぎてみると思う。  

高齢者の靴

十年ほど前に足の裏の土踏まずが痛くなった。医者はよくある症状だと、それに関するパンフレットをくれた。その医者自身がそうで、彼はそのため、靴の中にパッドを入れていると見せてくれた。その原因は靴が良くないか、体重が重すぎるかだと、嫌なことを言われた。

そのために、靴の中にパッドを入れるか、クッションがすでに入っている、SASやロックポート、クラーク、ビューティフィールなどのブランドの靴を買うように指示された。いわゆるシニアシティズンの靴だ。

体重を減らすと言う方には目をつぶり、言われたメーカーの靴を選ぶようにした。なろほど、これらのブランドの靴は、実に履き心地良い。けっこうお洒落なデザインの物もある。かなり高価だが、何年も履けるから、もとがとれる。

履きだすと、もう他の靴は履けなくなるほど、心地良い。今も、とても履きやすい靴をはいている。ニューヨークに行った時に買ったものだ。何の飾りもない、黒の変哲もない皮靴だが、履き心地満点だ。もちろん、クッションも入っている。なにしろ、いくら歩きまわってもぜんぜん足が痛くならないのだ。

この履きやすき靴を履きながら思う。シンデレラの義理のお姉さん達はどんなに痛かっただろうか、と。いくら執念といっても、指を切ってでも、履こうとしたのには脱帽する。前にもこの欄で書いたことがあるが、息子の高校の大学選考準備会で、言われたことを思い出す。

「靴やさんにはいろいろな靴が備えられています。店の中には、安くてしかも履きやすい靴があるのです。無理して、高価で履きにくい靴を選ぶことはありません。自分にあった靴、走っても、長く履いていても痛くならない靴、くれぐれも自分にあった靴を選ぶようになさい」

高望みしないで、自分にあった大学を選ぶようにというアドバイスだった。これは人生何事にも通じることだろう。やはり履きやすい靴は心地良く、幸せにさえしてくれるのだから。

一方では、少し痛い思いをしても自分の願望をなしとげたいというシンデレラのお義姉達の気持ちもわからないことはない。“Life without risk is no life at all”(リスクのない人生は人生ではない)とも言うではないか。一回の人生だから。

竹下弘美

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