愛する(好きになる)のには理由はいらない、存在自体を愛するのだ。

「猫がいなくて暮らしていけるの?」昨年十五年共に過ごした猫のパフを病気のため眠らせた後、猫を飼わないでいた私に友人がさかんに言います。でも自分の年を考えると若作りですが(?)これから二十年近くつきあうことはできないので、もう飼えません。

アダプトした猫パフ

十五年前にホームレスキャットアソシエーションのウエブサイトでパフを見つけたのは息子でした。その前の猫、ピーチェスは我が家の前に捨てられていた猫でしたが、娘、息子と共に育ち、南カリフォルニアから北カリフォルニアに引っ越し、外と家を出入りする猫でした。ある夜帰らず、あちこち探しました。まだインターネットがそれほど普及していない時代で、せいぜい電信柱に貼り紙をするくらいで、SPCAにも行きましたが、コヨーテに食べられてしまったのだろうということでした。

その時も、悲しくて、もう飼うまいと思っていたのですが、二年が過ぎた時、大学から帰省した息子がウエブで見つけて私達にクリスマスプレゼントのようにアダプトしてくれたのがパフです。そのオーガニゼーションでは野生の猫の親子を捕獲し、避妊手術をして野に放つのですが、ピーチェスの場合には小さくて、人になつく可能性があったので、アダプションに出されたわけです。

手の平に乗るくらい小さかったのに避妊手術がされていました。その証拠にパフの右の耳は斜めに切られていました。それは英語でFeral(野生、野良)と呼ばれる、いわゆるホームレスの猫の印だということでした。動物愛護協会の人達が野生の猫に避妊手術を施して野に返す時、次回に捕まえないで済むよう、わかるようにするためだそうです。

パフの母猫は避妊手術の後、野に返されたそうです。もうなつく可能性がなかったのでしょう。パフもその運命であったかもしれないと思うと不憫でした。

来たばかりの時には狸のような顔をして、やんちゃでかわいかったのが、たちまち体が長くなって鳥獣戯画に出てくる動物のように人間っぽくアグリーになってきました。お人形でもかわいいのは頭が大きいですが、パフは足が長すぎました。

それでもこの子の出生を思うと狸だろうと鳥獣戯画の中の動物のようでも、不憫でよけいかわいくなりました。なにげなく家の猫になったのではなく、我が家の猫になることが決まっていたのではないかとさえ思えてきました。

アダプトされた子供

人間の子供さんをアダプトした方が、普通以上にその子を愛する気持ちがわかるような気がしました、どんな子であろうとかわいいのでしょう。

アイスホッケーで息子が一緒だった男の子を思い出します。アイスホッケーはとてもお金がかかるスポーツで、その事もあってかアメリカでは珍しいことですが、両親が揃っている家庭の子供が多いです。

つまり、経済的に恵まれた、安定した家の子供達です。その中の一人の子は教育者の両親にアダプトされた男の子でした。彼らはとてもその息子をかわいがっていました。

ある日、「家の息子はまた九年生を落第しそうで、いくら勉強をさせようと思っても根気がなくて」とお母さんが苦い顔をして言っていたのを思い出します。そう言いながらも、少し年配の彼らは、他の両親以上に息子の試合を見に来ていました。

親が子供を愛するのは、容貌がいいとか、勉強ができるとか、何ができるかではなく、その存在自体を愛するのでしょう。

三人のお子さん達を男の子二人は韓国から、女の子は中国から赤ちゃんの時にアダプトされた山下牧師夫妻がいます。もう上の息子さんは大学一年生、立派に育っています。

愛をもつてまた厳しく育てられたようです。不思議なことに息子さんは育てのお父さんに似ています。

パフも切られた耳は生えてこないけれど十五年も私達に愛され、そして私達も癒されてその生涯を全うしました。

私にとつて猫とは毛のある動物ですのに、なんと息子はこんな毛のない猫を飼い始めました。猫にあるまじきと思いますが、とてもかわいがっています。
 
「愛する(好きになる)のには理由はいらない」という冬のソナタの中の言葉を思い出しました。

竹下弘美


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2 Replies to “愛する(好きになる)のには理由はいらない、存在自体を愛するのだ。”

  1. いつも楽しく有意義なコラムをありがとうございます。
    娘もペットにネズミや白いカエルやトカゲを飼って可愛がってます。
    不可解でしたが、これで謎が解けました。
    ありがとうございます。

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