真夏の夜の夢のようなことが、またありました。

猫を飼わない決心

昨年15歳の猫、パフを眠らせてから、夫婦でもう猫を飼うことはやめようと決めていました。

この写真は私の腕の中でのパフの最後です。今までも飼っていた猫が死ぬ度に悲しくて、その時には二度と飼いたくないと思ったものです。

でもしばらくするとかわいそうな猫に出会ったりして、飼う羽目になっていましたが、今回の決心は固いです。

猫は長生きなので、私達夫婦の歳を考えると、これから20年近くはもうつきあえないでしょう。

それにお医者に連れて行く時のストレスを考えると老体(見かけはそうでもありませんが?)が耐えられないと思うのです。

近い友人は私が猫なしで過ごせるとは思わなかったと言います。今後は猫シッターをして猫に接し、そのお金をレスキューの働きをしている動物愛護団体に寄付するようにして、猫との接点を持とうと決心しました。

でもこの新型コロナ禍のためにこの計画はまだ実現していません。

猫友のジュリーさんから彼女の友人で猫のレスキューをしている友人から、こんなにきれいな猫、たぶん、シャム猫が保護されていて、可愛いし、懐いているから誰か貰い手がいないかという写真入りの知らせがありました。

ジュリーさんには、すでに13歳の猫ちゃんがいて、2匹目にどうかと思うけれど、2匹がうまくいかなかった場合のリスクを考えるとアダプトすることは、やすやすとはできないということ、私は加齢故、飼わない決心をしていること、それなのに二人とも心が動きました。

そこで教会の方々にメールでお知らせし、誰も名乗りを上げなかったら、その後、二人で決めようということになりました。

私も猫の楽しさを知らない孫達(猫アレルギーがありますし、彼らはペットを飼う気はないようです)に我が家に来る時に猫のいる世界の楽しさを教えることができたらという、そんな思いもありました。

それには人懐こい猫でなければならなくて、それにはこの猫はぴったりだということがありました。今まではどうしようもない、皆がもらわない猫を引き取っていたのですが。

そして一週間が経ちました。誰も名乗りを上げません。なんだか、嬉しいような複雑な思いで、期待しながら、その猫ちゃんの詳細を問い合わせました。

判明したことは、その猫は家で保護されているのではなく、公園に大勢いる猫の中の一匹で、そのオーガニゼーション Rockin Pets Foundationのボランティアの人達がその猫達の去勢手術の手配をし、その場所に食べ物と水を持って行っている、その中の一匹だと言うのです。

オパールの行方

eメールの返事がすぐ来ました。目の色からすでにオパールという名前が付けられていて、その方の言うのに、

「このところ暑い日が続いているせいか、オパールは姿を見せません。でももしまた見かけたら、すぐご連絡しますね。珍しくとても懐いているので、きっと飼い猫だったのでしょう」という返事でした。

私もジュリーさんもなんだか、ほっとしたような、また残念だったような気持ちでした。あんなにきれいな猫ですから、きっと誰かに拾われて行ったのでしょう。

その後もう3週間たちますが、音沙汰なしです。めでたし、めでたし。

私にとっては、もしかして、猫との楽しさがまた味わえるかもしれないという、束の間の真夏の夜の夢でした。

(実はジュリーさんも私もみかけがきれいだからもらうということには反対で、いつもかわいそうな猫を助けたいという立場です。

昔助けた猫は路上で見つけた時、栄養失調で動けなくなっていましたが、その後5年、我が家で飼っている間、私がご飯を上げる時以外、出て来ませんでした。

よほど、人間にひどい目にあわされていたのでしょう。その後も何匹そういう猫を拾って助けたか、夫は天国に行ったら、私に助けられた猫がみんな迎えに来るだろうと言っています。)

竹下 弘美


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“真夏の夜の夢のようなことが、またありました。” への1件の返信

  1. いつも素敵なことがおきますね.痛し痒し?!でも早く出てきて良い方に引き取られるといいですね.

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