もうひとつの世界

知人からeメールでいろいろなエピソードが送られてくる。迷惑至極のものもあるが、中にはとても感動的なものもある。最近入手したもので、一人で、感涙にむせんでいたが、もったいないので、日本語に訳して、みなさんにシェアしたい。

電話器が壁につけてあるころのことだから50年代のことだろうか。

“Information Please”

父は私達の住んでいた町でいち早く電話をひいた一人でした。僕は幼いころ、磨かれた電話のケースが壁に取り付けられていたのを覚えています。そしてその箱の横に受話器が掛けられていました。僕は小さすぎて届きませんでしたが、いつも母が話すのを興味深く聞いていました。

そして気がついたのはあの箱の中に驚くべき人が住んでいるということでした。その人の名前は”Information Please”です。彼女は何でも知っていていろいろな人の電話番号や正確な時刻を教えてくれるようでした。

母が近所に出かけている時のことです。僕は地下室の道具箱で遊んでいて、ハンマーで指を怪我しました。家には慰めてくれる人はひとりもいません。家の中を歩き回った結果、そうだ、電話がある、と気づいたのです。

すぐ、踏み台をひきずってきてよじ登り、受話器を耳に当て、

“Information Please”と言ってみました。電話器から小さな透明な声がしました。

“Information…..”

「指を怪我してしまって」

聞いてくれる人がいるという安心感でいっぺんに悲しさがこみあげてきて、泣き声になりました。

「お母さんはいないの?」

「誰もいないの」僕はつぶやきました。

「血は出ている?」

声が訊きました。

「出てないけど、ハンマーで打ってしまったので痛いんだ」

と答えました。

「冷蔵庫を開くことができたら、氷で冷やすといいわよ」

とその声は言いました。

その事件があってから、僕はいつも彼女に助けを求めるようになりました。フィラデルフィアがどこにあるかを教えてくれたのも彼女ですし、時には算数も手伝ってもらいました。

ペットのカナリヤがあんなにきれいな声でさえずっていたのに、あっけなく死んで、ただの羽根なってしまった時もそのことを質問しました。彼女は私の悲しみを察したのでしょう。

「ポール、覚えていて。もうひとつの世界があるってことを。あのカナリヤはそこでさえずっているのよ」

そう聞いて何となく元気づけられました。

ある時には「Fixってどういうふうにスペルするの?」と訊いたこともあります。

シアトル郊外の小さな町に住んでいた時のことでした。

何年か経って

九歳の時、家族でボストンに引っ越し、それからは”Information Please”にコンタクトすることもなくなりました。大きくなるにしたがって、幼少の頃の自分にとって、”Information Please”がどんなに心の支えになっていたかを時々思い出して感謝していました。

何年か経って西部の大学に行く途中、姉の住んでいるシアトルで飛行機の乗り継ぎをしました。飛行機を待つ間に、電話で姉と話した後、ふと、ホームタウンのオペレーターに電話をして、”Information Please” と言ってみました。

驚いたことに、あの小さな透明な僕の良く知っていた声が聞こえてきました。

「Fixというスペルを教えてくださいますか?」

長い沈黙があった後、柔らかな声で答えが返ってきました。

「指の傷はもう治ったことでしょうね?」

僕は笑い、

「小さな僕にとって貴女がどんなにかけがえのない存在だったかご存知ですか?」

彼女は言いました。

「私の方こそ、私は子供もいなくて、いつもあなたが電話をかけてくるのを愉しみにしていたのよ」

僕は何年もの間、いつも彼女のことを想っていたこと、次回、シアトルを訪ねる時にはまた電話しても良いかと訊ねました。

「どうぞ、そうして。サリーと言って呼び出してね」

六か月後にまた、シアトルに出かけたとき”Information Please”に出たのは違う声でした。

「サリーは?」と訊ねると、「お友達?」と訊かれました。

「古い友人です」

「お気の毒ですが、サリーはこの二、三年、病弱で、パートタイマーとして働いていましたけど、ついに五週間前に亡くなりました」

僕が茫然として受話器を切ろうとすると、

「ちょっと待って。もしかして貴方はポール?」

「はい」

僕は答えました。

「それだったら、サリーからの伝言があるわ。彼女はもしあなたが電話をしてきたら、これを読んでと私に頼んでいったの。読むわよ。彼に言ってちょうだい。喜び歌うもうひとつの世界があるって、彼にはそれだけでわかるから」

お礼を言って電話を切りました。そう、僕には彼女の意味することがわかりました。

人間は必ず死ぬ、でももうひとつの世界でさえずるのだ。「人間は生の最後の瞬間まで、誰かに何かを与えることができます」

私が座右の書にしている、日野原重明氏の「続生き方上手」にある言葉だ。日野原先生も最後まで、また死後さえも人々に生きる励ましを与え続けた方だった。

竹下弘美

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5 Replies to “もうひとつの世界”

  1. 今、軽井沢へ向かう通勤の信越線の電車です。
    私も思わず感涙です。
    乗車客がほかに居なくて助かりました。

  2. ひろみさん、私も涙がポロポロと止まりせん、会ったこともない他人でありながらお互いを思いやる深い繋がりのある愛を感じました ひろみさんが訳して下さらなかったら私は知ることのできないお話でした ひろみさん訳しシェアしてくださり感謝です さちより

  3. ひろみさん 泪がポロポロ流れました。 世代も違い会ったこともない2人が、深い繋がりを感じる、愛にあふれたお話だったと思いました。 ひろみさんが翻訳してくださらなかったら、ここに書いてくださらなかったら目に通すことが私にはなかったでしょう。 翻訳してくださったひろみさんに心から感謝します。 

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