私の財産

お泊りしても大丈夫「明後日と来週の火曜日、帰る前の日だけどその2日が空いてるわ」 「最後の日はお母様と過ごした方がいいでしょうから、明後日にしましょう。できるだけ多くの人を集めるからね。また、連絡するわ」

今回は、日本にいる姉と母の米寿祝いを催すことが目的の訪日だった。正味十日の短い滞在だったが、前回約束をしていたので、中学、高校時代(中学、高校一貫教育の女子校であった)の友人、Sさんに帰国後の翌日電話した時の会話だ。皆が集まってくれるという。でも中一日おいただけで、どれだけの人が来られるだろう。

すぐ折り返しの電話があり、会場はお医者さんに嫁いだTさん宅で、私はそこに三時から夜までつめていること。クラスメイトたちは一定の時間ではなく三時以降、自分達の都合のつく時間に出入りするという。

「お泊りしてもだいじょうぶだからね」「お食事はどうするの?」「みんなこの近所に住んでいるから、早く来て一緒に作るし、冷凍食品会社に勤めているHさんが、こういう時には手早く材料を整えてくれるのよ。だからあなたはただ来て座っていて」 まあなんと良いご自分。三時にTさん宅に着いた。

それぞれの波乱万丈な人生

台所で、多くの友人たちが立ち働いているらしいが、そこに猫同好会のMちゃんがいた。30年ぶりの再会だ。中学のころと同じ髪型、微笑み、ピンクの肌。

「父の介護があるからすぐ、お顔だけ見て失礼しなければならないのよ」昔のように猫談義、彼女の家に泊まって猫と遊んだ日々。

「全然変わらないじゃないの」「違うの、私難病もちなの。いつどうなるかわからないの」次々に友人が到着。

牧師さんの奥さんになったKさん。中学のころ、青梅の機織り工場を経営していたお家には何回も遊びにいったことがある。

裕福なお宅だったが、結婚とほぼ同時にご主人が牧師になることを決心。ご主人が神学校に通っている間、赤ちゃんをかかえながら保険の外交をして家計を支えたという。子供さんたちが成長された今は、牧師であるご主人と一緒にホームレスの人々のために働いている。

ご馳走が出てきた。ロブスターのスープ、この家のTさんのお得意料理だという。彼女は中学生の息子さんを不慮の事故で亡くしている、茄子の煮びたし、風呂吹き大根、ローストチキン、シチュー、何があったかわからないくらいのお料理の数々、そのおいしさと美しさ。

横ではご主人の浮気で頭を悩ましながらも、元来陽気なKさんが、私専門学校で英語を教えてるの。すごいでしょう? ネェネェ、孫の写真見て!」と、叫んでいる。

在学中も彼女のでっかい体格とほがらかさで、クラス中をわかせてくれたものだった。そこにテレビアナウンサーのPさんが到着。時々日本からの番組で活躍ぶりは見ていたが、三十年も会っていなかった。

中学のころ、甲高い声とくせ毛だったが今もそのまま。週刊誌で離婚したこと、女優の娘さんはお姉さん夫婦にひきとられたことなど知っていたが。

「両親も亡くなって姉も亡くなって私、天涯孤独よ。まあ、娘はいるけど」と、つぶやいた。さすが、司会業をこなすだけあって,その後来た人に、その前子供の劇的な結婚話をえんえんと話していたYさん(彼女はチャイナペイントの一流講師で、本も出している)の話を手短にまとめてくれた。

皆を集めてくれたSさんが到着。最近登頂した、ヒマラヤの写真のご披露。彼女は高校卒業後写真大学に行ったので、写真はおてのもの、在学中に結婚したが、夫にも父親にもなれないご主人と早くに離婚、末の息子さんが、不治の病で、Sさんはその子にかかりっきりになるからと上の二人に宣言、その息子さん二人は進学をあきらめてペンキ屋さんに修行に行き、二人で、お店を持っているそうだ。

末の息子さんは亡くなり、別れたご主人も亡くなったそうだ。今彼女は私達の母校で用務員をしている。きれい好きな彼女は母校になくてはならない存在になっているときいている。

「ねえ、誰も一緒に飲んでくれないの?」一人でガバガバ、ビールを飲み続けるSさんの今までの三十年を思う。

私の波乱万丈な三十年

私も高校卒業後、初めて会う人もいるので、まず、いままでのことを話してくれといわれた。国籍の違う夫との結婚を反対されて、日本社会が受け入れてくれなかったので、二千ドルだけをもって渡米したことから、今にいたるまでの過程を話した。そう、私の三十年も波瀾万丈だったのだ。

どの人も程度の差こそあれ、苦しみや悲しみにあってきた。「苦しみの食べ、悲しみもいっぱい食べて、大きな人になるのですよ」という星野富弘さんの詩画を思い出す。

「また弘美ちゃんのお母さんのとこ、訪ねようよ。あなたがアメリカに帰っても大丈夫よ、私たち、あなたのお母さんを時々訪ねるからね」Sさんの言葉。

はたして、私の子供たちには私が年老いたら訪ねてくれるような友人がいるだろうか?アメリカと日本の違いだろうか。それともあの学校が特別だったのだろうか。

私の財産、それは友人。皆、苦しみを食べ、悲しみを食べて大きな人になっていた。
 


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