私のチキンスープ

人の間で生きるという事

「人間」という字は、人の間と書く。だから、人は決して一人で生きられるものではない、ということを表わしているという。そんな経験をしたのは前にも書いたが、息子の映画制作のためにニューヨークからきた撮影隊の十四名の若者達を十日間、寝泊まりさせ、また食べさせなければならなかったことだった。きっとこれは私の生涯でたった一度の経験だろうと思う。

まず、猫アレルギーの人が多く、私の家には猫がいるので、宿泊所を確保しなければならなかった。これには二人の友人が名乗り出てくれた。結果として、我が家には七名が泊まった。けれど全員を食べさせるのはディレクターである息子の母親の私の責任となった。前もって献立をたててはいたが、恐ろしい経験だった。

お料理を出すやいなや、まるで、禿げ鷹が死体に群がるように、大きな図体の若者たちが集まり、アッという間になくなるのだ。出せば出すだけ、なくなった。しかも、澱粉質のものはダラけるから多く食べさせないようにとの指示だった。したがってピザやパスタ類も禁じられ、肉類と野菜を主に腹ごしらえをしてもらわなければならなかった。

内情を知った友人達が、助け舟を出してくれた。地獄に仏(私はクリスチャンだが)とはこのことか。大きなトレイいっぱいにチキンを揚げて届けてくれた方あり、春巻きを大量に作ってくれた方あり。また、或る友人はポテトサラダ、チキンのキャセロールを若者達が食べきれないくらい作ってくれた。夜の撮影にお弁当持ちで行かなければならない時には、ちょうど、仕出しやさんでアルバイトをしたことのある、若い友人が現れた。てきぱきと采配をふるって、おいなりさん(これも差入れ)とカリフォルニアロール、チキンを手際よくつめてくれた。

また、エンゲル係数が大変だろうと、果物、野菜や飲み物を差し入れしてくれた方もいる。その都度その都度、助け手が現れたのだ。それでもある晩、私は寝不足と疲れで寝こんでしまった。その翌朝、運悪く急に撮影予定が変わって急にお昼を食べさせなければならなくなった。私は勤めがある。困った。どうしよう。

その時だ。「貴方には主人が亡くなった時、どんなに助けられたか、何かの際にご恩返しをしたいと思っていたから、手伝わせて」と或る友人が電話をしてきたのだ。私は大したことをした憶えはないのに。そして彼女はその朝急に頼んだのに、なんと昼までにBBQをしてビーフを焼き、パスタとビーフのお弁当をひとりずつタッパーに入れて十四個届けてくれた。頭が下がる。彼らの助けがなかったら、私はストレスで寝こみ、皆を食べさせるどころではなかっただろう。友人の有難さが身に沁みた。いつも「ママには友人が多すぎる」と文句を言っていた息子も彼らの友情には脱帽だったようだ。

娘の場合

困った時に助けてくれる友人の存在、そのときに触れる温かさ、ぬくもり、人情の機微、これは何にも代えられないものだ。 
母親である私がこんな温かい経験をした直後、南カリフォルニアにいる娘から、電話があった。幼馴染の友人から、素晴らしいバースデープレゼントをもらったという。息子と違って、何事もくわしく説明しない娘にしては珍しく話をきいてもらいたがっていた。

その幼馴染は親同士が友人であることから、二歳くらいのときから、いつもいっしょに育った娘さんだ。お化粧っけもなく、寡黙でさっぱりしたスポーツウーマンだ。 三才のころには、二人が取っ組み合いの喧嘩をしているところを私は目撃したことがあるが、そんな日があったとは思えない。今は二人とも社会人だ。

そのプレゼントをもらった時、娘は形から想像して、CDをプレゼントされたと思い、帰宅するまで、包みを開かないでいたのだそうだ。家に帰って包みを開くと、CDのほかにポロッと落ちた物があった。それはかなり古めかしいチェーンのついた皮細工のキーホルダーだった。そして、その友人がプレゼントに添えてくれたカードには次のように書いてあったという。

「CDといっしょに入っている、キーチェインを憶えている?たぶん、小学校三年生くらいの時、日曜学校での工作の時に皮細工で、このキーチェインを作ったでしょう?皮を切って丸くして、皮に自分なりのデザインを彫ったのよね。私は不器用で、とっても変になってしまったのを、ノエル、あなたはかわいそうに思って、自分の作ったのをくれたのよ。あまり嬉しかったから、二十年近く持っていたの。この世の中にあなたみたいな素晴らしい人がいるってことはすごい。あなたがそんな人だってことを思いおこさせたくって返すことにしました。これからもあなたのもっているこのすばらしい愛をビジネスの世界で生かすようにお祈りしてるね」

電話をきいていた私は泣くのをこらえた。ここにも通い合う友情の素晴らしさがあった。

米国では風邪のひきはじめにチキンスープを飲んで温まり、病気を癒すことから、いろいろな心温まる話を集めた「チキンスープ」というタイトルの本がある。「チキンスープ・オブ・ティーンエージャー」だとか、「チキンスープ・オブ・ウーマン」だとか、たくさんのシリーズで出ている。つまり心を癒す話が集められているのだ。

先に書いた二つの話は私が前に味わったチキンスープだった。こんなチキンスープを味わったのだから、今年も後10か月豊かな気持ちですごせそうな気がする。

竹下弘美

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