我が年末年始行事

クリスマスカードの準備

   
いただいたクリスマスカードを年が明けてから、もう一度ゆっくりと見直す。そして友人達を思う。あの暮れのクリスマスカード書きが報われるひとときだ。 

かつてクリスマスカード書きには長い時間を費やしていた。それなのにどういうわけか、私だけの孤独な作業になっていたことにハタと気づいた。

そこで宛名のラベル作りの仕事を夫に割り当てた。私の字はひどくて、良く返ってくることもあるからだ。

これは自慢できないが、自分が見ても読めないことがある。宛名をラベルにすると、かなり手が省ける。けれど内容はやはり、私が書くことになっている。

これも今後夫との共同作業にしていきたい課題だ。サインして出すだけなら、簡単だけれど、やはり一言、それぞれの方に書きたいとなると、時間がとてもかかる。

家族のハイライトを日本語と英語で書いて短くまとめて印刷したものをカードの裏に貼っていたがやはり、受け取る方が違うのでひとりひとりに一言づつ書いていた。

そうなると、とても長い時間を費やすことになる。カード書きに追われていた私の姿を見て昔、まだ息子が高校生のころ、

「もう新しい友人を作るのを辞めたらめたら?あまりにも多過ぎる」と言われた。

「でもママのお葬式には友人が多いから、いっぱいお花代が入るよ」と私も言い返していた。なにしろ、私の財産は友人以外無いのだから。

一昨年からはカードを作る時に裏にご挨拶を印刷してもらうようにしたら、ずっと時間が省けるようになった、

写真カード百枚に、家族のことには興味がない方々へ送る普通のカードを含めて百二十枚くらい出しただろうか。

また親しい中でメールをよく見る友人達にはメールで失礼することにしている。また、相手の写真がある場合にはむしろ、我が家の家族写真よりもその方の写真を額つきのカードに入れてあげる。

人間だいたい、写真を見るに時に一番始めに自分を探すというではないか。他人の家族の写真よりも自分の写真を送ってもらう方が良いに決まっている。

前にはクリスマスカード整理手帳を愛用していた。これは何年もの間、カードを出したり、カードをいただいたりした人の記録をとるもので、出したか、受け取ったかをチェックできるようになっている。

それでも終わりのころには、すでに出した人に二度出してしまったり、わけがわからなくなった。手帳に先にマークをしたり、封筒を先に書いてしまったりしたことによるミスだ。

出しても返事が来ないことが三年も続いている記録を見たら、その人にはもう今年は出さないことにする。でもこれも最近はコンピューターに入力することによって手帳はいらなくなってしまった。

友人達からのクリスマスカード

今年はこの三年返事がなかったロサンゼルスに住んでいる旧友のマーガリートから四枚ビッシリの長いクリスマスレターが彼女はいつ来た。

もあまりにも長く書いてくるので、クリスマスには間に合わずに一月になって来ていたのが、この三年はそれも来なかったので、どうしたかと思っていた矢先だった。

彼女は今度は三年分、書いて来たからその長さといったらない。一枚は何枚もの写真で埋め、バケーションのことから、仕事のこと、自分の子供のこと、ご主人の前の奥さんとの間の孫のことと言う具合にすべて書いて来た。

文面でわかったのだが、いつも気をつけないと病的に肥る彼女はこの三年の間、肥っていたらしい。減量した段階で写真を撮り、書いて来たようだ。来年も、痩せていれば書いて来るだろう。

家族写真でのカードはなかなか会う機会のない友人だと、とても見るのが愉しみだ。シアトルの三人姉妹をもつ友人は咋夏、三女が不登校だと悩んでいた。けれど、家族五人の元気な写真カードの裏に一言、「悩みの多い年でした。でもこの写真でわかるでしょう?」と書いて来た。

養子の赤ちゃんの写真でカードを作って送ってくださった方もいた。二十一日もの旅をしてカザフスタンから赤ちゃんをもらって来たとのこと。

誇らしげに赤ちゃんだけをカードにしている。まず、ニューヨークに住むご主人のご両親に孫としての挨拶に行って、その後、日本にも奥さんの方のご両親に対面に行ったとのこと。

毎日がアドベンチャーの連続と書いてあった。写真から嬉しくてたまらない両親の喜びの声が聞こえる。

高校時代、仲の良かった友人は昔、子供さん二人との写真カードを日本から送ってきていた。いつもかわいらしい息子さんと、娘さんの成長の写真を愉しみにしていた。

ところが息子さんが悲惨な不慮の事故で亡くなった。その時から、彼女からのクリスマスカードは途絶えた。私の方からも家族写真のカードを送ることは気がひけて辞めていた。

そしてそれから、十年近く経っただろうか。今年は家族写真の年賀状がひさしぶりに来た。 

医者志望だった亡くなったお兄ちゃんの志を継いで今度小児科医になった妹さん。その就職祝いの時に撮った家族写真だった。彼女の長い間の喪が明けたかのように思えた。

「今日という日が贈られて、私のこれからの人生の第一日目。一日のあらゆる瞬間が新しいのです。

すばらしいことが起りうる希望を持って私は仕事に向かいましょう。新たに努力すべく新たに生まれたのですから」と添えられていた。

今年もいろいろなことがあるだろう。友人達がそれらに打ち勝って雄々しく生きていくように、と彼らの幸を祈る。今年はひとりひとりにとってどんな年になるだろうか。

竹下弘美

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