誰もが孤独であってはなりません。だから愛を示し合うのです。

父の日に

「今度休みがとれそうだから一週間ゆっくり家に帰れそう。父の日にレストランに連れて行くね」

ある年の父の日の前にNYにいる息子から電話があった。もちろん、アメリカ人として生まれ育った彼のこと、母の日にはマザーキラー(母親殺し)のような甘い言葉を書いた母の日のカードを、また父の日にもちゃんとその直前に着くようにカードが届いていたが、その上この電話だ。アメリカ人は何と愛情の表現がうまいのだろう。

子供達が巣立って、我が家がエンプティネスト(空の巣)になったのは、つい最近だったと思ったのに、巣立った子供達は、自活し両親をディナーに誘ってくれるようになったのだ。

一方、エンプティネストに慣れてしまった私達は娘にしろ、息子にしろ、帰って来ると、夫と二人だけの生活のリズムが壊れて、調整に少し困るのは確かだ。でも帰って来て四人が揃うと、とても嬉しい。

家族より大切なものはないとつくづく思う。そんな時またメールで感動的な話が送られて来た。

メールの内容

結婚生活二十一年後、初めて妻は僕に他の女性を映画に誘うように薦めました。

「彼女、きっと、あなたと時間を過ごすのをすごく楽しむと思うけど」

実は妻が言っていた女性とは、十九年間未亡人であった僕の母のことでした。母のことは気になりながらも、仕事が忙しかったり、三人の子供達のことで、なかなか訪ねる時間を作ることができていませんでした。

その晩、僕は母に電話し、一緒に夕食をして、映画に行こうと誘いました。

「どうしたの?」と母は驚きました。夜、遅い電話は何か悪い知らせとしか思っていない母でしたから。

「お母さんとデ-ートできたら、楽しいと思ったんだけど、二人だけで」

母は少し考えて、「いいわ」と同意しました。

次の金曜日、さっそく母を迎えに行きました。彼女の家に着いた時、少し緊張している自分に気がつきましたが、母も少し、緊張気味なようでした。父が亡くなる直前の最後の結婚記念日に着たドレスを着、髪はセットしてきれいにカールし、コートを着て待っていました。天使のような笑みを浮かべながら。

「友人達に息子とデートすると言ったら、みんな羨ましがっていたわ」

僕達二人は豪華ではないけれど、清潔で洒落たレストランに行きました。母は僕の腕をまるで、ファーストレディのように抱えました。テーブルに着くと、僕がメニューを読みました。母には字が小さすぎたからです。

メニューでお料理を探しながら、母を見ると、「あなたが小さい時には、メニューを見るのは私の役だったのにね」と懐かし気に言いました。

「今度は僕の番だから、今日はお母さんはリラックスして僕に任せればいいいんだよ」

ディナーの間、僕達の会話は別に特別のことではなく、お互いの近況を話し合うだけでしたのに、あまり話し込んだので、映画に行きそびれてしまいました。

「それじゃ、またこんな機会を作りましょうよ。でも次回は私のおごりよ」家に着いた時、母は言いました。

「お母さんとのデートはどうだった?」家に帰るやいなや妻が訊いてきました。

「思ったよりもずっと楽しかった。ありがとう」と僕。

その三日後、母は急性心臓マヒで亡くなったのです。あまりにも急なことでした。

二、三日して、母と夕食をしたレストランから郵便が届きました。それには、レストランのレシートのコピーが入っていて、母の筆跡のノートが付いていました。
「先払いしておきますね。私は行かれるかどうかわからないので、なにしろ、あなたと奥さんのために二人分払っておくわ。昨日の宵がどんなに私にとって素晴らしいものだったか、あなたには想像がつかないでしょう。  息子へ、愛を込めて」

その時僕は、「アイラブユー」と愛する人に言うことと、その愛をタイミングよく行動に移すことがどんなに大切か、悟りました。家族ほど大切なものはありません。

家族に時間を割くことが、どんなに素晴らしいことか、その時を逸しないように皆さんに知ってほしいのです。

というメールだった。

愛を示すこと、褒めること

愛を示すことと、褒めることはアメリカ人に大いに教わる点だ。まず家族にそのことを実践したい。息子に食事をご馳走になるだけではなくて、私自身も夫、娘、息子にその絆を強くする愛情表現をしていこう。

子供達には、しばらく送っていないケアパッケージ(陣中見舞い)でも送ろう。中身は高価な物でなくても、相手をケアしていることが通じれば良いのだ。問題は夫だと思ったが、バレンタインデーの時に手作りのカードを贈ったら、単純な夫は、とても喜んでくれたではないか。そんな小さいことで良いのだ。

ところが、日本の友人達にそのことを話すと、若い時ならともかく、そんなことはやろうとも思わないという返事だった。せっかく与えられた家族、夫婦なのだから、大いにその愛情と絆を表現して、生きている間にどんなに一人ひとりの家族が大切かを確認し合うことの素晴らしさを知ってほしいと思うのだが。

「誰もが 孤独であってはなりません。だから愛を示し合うのです」故日野原重明氏の言葉である。

竹下弘美

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7 Replies to “誰もが孤独であってはなりません。だから愛を示し合うのです。”

  1. ひろみさん
    素敵なメッセージ有難う。
    本当にそのとうりなのですね!
    うちの娘はママと時間を過ごしたい、と 願う子なのですが。。。
    私が チョット面倒くさいと、
    前は思ってました。
    今は心入れ替えて娘達に愛を残して行かなくては
    と改心しています。

    私が

    1. コメント、ありがとうございます。時間を共にすることって一番ですよね。私の場合はむしろ、私が一緒にいたいと願う方で孫のベビーシッターするときにもお金で払うというのを時間(を共にすること)で払ってと要求してます。

  2. 弘美さん、初コメです。
    私は、人は皆多かれ少なかれ孤独だと思います。気がつくといつも孤独を感じます。特に皆(家族ででも友達とでも)で集まって賑やかな時間を過ぎた時間、淋しくてしょせん人は一人孤独だなあと。

    あれ?孤独と淋しいは違う意味なのでしょうか〜

    愛はあります(のつもり)。
    長文すみません!

  3. 弘美さん、
    今「愛のひとさじ」を読ませて頂きました。読んでいくうちに、目に涙が一杯になって読めなくなるほど心温まる内容でした。
    家族って素晴らしいですね!
    子が親を、親が子を殺す時代ですが、人間を作って下さった神様に帰り、神様の愛に満ちた家族が少しでも増えることを願いつつ!

  4. よしえさん

    本当に人間は一人で生まれて一人で死んでいくのですものね。
    おっしゃる通り、群衆の中にいるときほど、孤独を味わいますね。

    でもそんな時、共にいてくださる神様がいることを知っているよしえさんは孤独ではない。

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