生き返ったピアノ

ピアノが弾きたくなった

「さ、じゃピアノを弾こうかな」というと、息子が、「今から僕はホームワークをするから、やめなさい」と言う。

日本語でいうから面白い。自分が母親から言われる命令口調をそのまま真似しているわけだ。せっかく、こちらが弾きたいムードになっているのに。

こんなにピアノを練習したいと思うようになったのは、いままでの人生の中でなかったことだ。小さい時、習っていたが、嫌いだった。何にでも秀でた姉は、今でも礼拝でオルガニストを務めているくらいだが、私は途中で挫折。

ときどき良い音楽を聴いたり、音楽会などに行くと、急にやる気になったが、現実はあまりにもきびしく、弾きたい曲がものにならず、やめた。思いかえせば、ジュニアカレッジでコースをとったこともあった。でも発表会の時はあがって大変だった。
  
娘には強要したくないと思っていたが、四歳のころ、ピアノに興味をもったので、ヤマハのグループレッスンに連れていった。

最初は楽しんでいたが、だんだん難しくなるにしたがって、どんどん生徒はやめていき、ついに一人のレバニーズの男の子と日系の女の子、そして、わが娘だけになり、そのうちに生徒は娘だけになってしまった。

うちの娘もやめたがったが、一度始めたら、やめてはだめと、私との根気比べになった。もうグループレッスンではなくなって、個人レッスンになったのだが、終わると部屋の外で待っている私のところに何度か、泣きながら出てきた。そんなにしてまでと思ったが、引っ越すまで続けさせた。

シリコンバレーに引っ越した時、それまでのピアノは売ってしまい、ピアノがないことを理由に娘のレッスンは、しばらくお休みしていた。

ところが、日本にいる姉がそのことを知り、彼女にとって姪である我が娘に良い音のピアノをあてがえたら、やる気がおこるのではとピアノ代を払うから、上等なピアノを買いなさいと言ってきた。

それでは、ベビーグランドを買おうかと、ヤマハペニンシュラに赴いた私たちは、ベビーグランドの値段に相当する、クラビノーバを買ってしまった。ディスクが入れられて、伴奏がついたり、音色もギターになったり、ハープシコードになったり、楽しんで弾けそうだ。

でもそれも最初のうち。クラビノーバは使いこなせればすごい楽器だが、豚に真珠だ。結局,ピアノの音色だけを使うことになった。娘はジュニアハイの年になって、近所に先生が見つかって毎週一応通っていた。

「自分で楽譜を見て、楽しんで弾けるようになるくらいまで、やっぱり先生に習った方がいいわよ」と私は自分の経験から娘を励ました。

娘はあまり楽しむようではなかったが、その後日本人の良い先生がみつかり、彼女が昔風の教え方ではなく、自分の好きな曲を弾かせてくれるので、大学入学で他州に行ってしまうまで、続けることができた。でも本来あまり好きではないのだろう。

その後、帰省してもクラビノーバの蓋をとったことがない。この三年ほど、クラビノーバは眠っていた。

シニアのピアノクラス

ところが、昨年その娘のピアノの先生だったI先生が日本からNHKで放送されたシルバーエイジのピアノのビデオをもって帰られ、見せてくださった。それは日本でお年寄りの方々を対象にピアノのグループレッスンをはじめられた北村智恵さんのドキュメンタリーだった。

今まで全然ピアノを弾いたことがなかった人たちでも、指の練習はボケ防止にもなり、何しろ参加者が楽しんで、自分の好きな曲にチャレンジしている。しかも難しい曲をやさしく編曲した楽譜も多く準備されているという。

しかもこのI先生はこれから、このようなシニアのグループレッスンを始めるつもりだという。私は即座に「私やります」と言って自分でも驚いた。あんなに嫌いだったのに、あんなに下手なのに、ピアノだけは人前で弾けないと思っていたのに。

みんなの夢

周りの五十歳以上の人に声をかけたところ、なんと六人が名乗りをあげたではないか。男性も中に二人。日本から取り寄せた北村女史の楽譜から、それぞれ、自分が好きで弾けそうな曲を選んでグループレッスンが始まった。

I先生は私たち参加者の動機と目標を聞かれた。ほとんどが、若い時、挫折した経験を持ちつつ、やりたい気持ちが残っていた人たちだ。歯医者さんのSさんは奥さんの声楽の伴奏ができるようにというのが夢だという。退屈な指の練習など一切なし。

I 先生はたいしたもので、やる気がでるようにほめてくださる、一人の人の曲で、学ぶことがあると、それを皆に教えてくださるので、個人レッスンよりもよほど学べる。まず、私が選んだのは、「宵待ち草」次に「雪の降る街を」。

やさしくアレンジされているわりには聞こえがいい。Sさんはすごい。まだ三回目なのに奥さんの声の高さに合わせて、楽譜の音程を二度低く自分で書き直して「水色のワルツ」を弾いた。彼いわく、こんなに一生懸命になったのは、歯科の国家試験の勉強をしたとき以来初めてのことだという。そして、彼の奥さんがクラスに歌いにきた。

すでにSさんの夢は実現してしまっている。そして彼は将来、あちこちで、このようなクラスが始まったら、コンテストをして、それを目指して練習に励みましょうと言う。

私の夢はドビュッシーの「月の光」を弾けるようになること。ジュニアカレッジのピアノクラスを取っていた時すばらしい演奏をするおじいさんがいたが、たしかあのおじいいさんは六十歳から始めたと言っていた。

息子がやめなさいと言っても、めげずに練習を続ければ「月の光」が弾けるようになるだろうか。

それにしてもいままで、死んでいたピアノ(クラビノーバ)はこのごろ、生き返って、喜びの声をあげているではないか。これがいつまで続くかが、乞う、ご期待というところだが。

竹下弘美


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