セピア色の思い出2〜笹子の駅で声をはりあげていたわさび漬けやさん

今年は新型コロナウイルスのために安く買っておいた日本行の切符をキャンセルしなければなりませんでした。いまごろ、秋の日本を楽しんでいたでしょうに残念です。

毎回日本に行って必ず買って帰るものはわさび漬けです。今ではアメリカにいても日本食料店に行けば、買うことができますが、私にはわさび漬けに特別な思い出があるのです。

幼いころ、毎年夏の大半は父を東京に残して母と姉、私は祖母と伯父伯母の住んでいた母の実家の山梨の甲府ですごしました。

そこには、姉と私と同じ年ごろの従兄姉がいていつも楽しみにしていました。

今、思うと、一度に三人、食べさせる口が増えるということは伯母にとってずいぶん大変なことだったろうと思います。しかも長逗留でしたし、伯母にとっては小姑である母とその子供達を迎えることでしたから。

今は、車で一時間もすれば着いてしまうということですが、そのころは、東京から中央線の鈍行の各駅停車で甲府まで三時間かかったと思います。

その後、準急や急行ができましたが、私の心に残っているのは、鈍行で行ったころのことです。

途中にいくつかのトンネルがありましたが、中でも一番長いのが、笹子トンネルでした。その笹子トンネルに入る前に突っ込み線と言って一度汽車が逆戻りすることがありました。

それは幼なかった私の記憶では、あまりにも坂が急勾配なために一度戻って、上るということだったと理解していました。スイッチバックと言うそうです。

そのため、前部の機関車をとりはずして後部に付けかえるのです。その間、上りの汽車との待ち合わせでよく汽車は途中で止まりました。

開けっ広げた窓の外は葡萄畑。汽車も停止していますし、今と違って、車中に音楽が流れるのでもなく静寂そのもの、けだるい夏の日差しの中で聞こえるのは、降るような蝉の声。

そして同じ車両の中の山梨弁を交えた乗客の話し声だけでした。まるで時間が停止しているかのような悠長なひとときでした。そしてトンネルを越えて笹子の駅に着きます。

*写真は1902年ごろの駅弁を買う様子。ウイキペディア・コモンズ経由

駅では汽車が着くと待ってましたと、笹子餅を売る人々が、笹子餅を首から紐で吊るした入れ物に入れて「笹子餅、笹子餅」と叫びながら窓辺に寄って来るのです。

ひとりだけ、「わさび漬けー」と叫ぶ売り子のおじさんがいました。そしてその叫び方は「わさび漬」までは同じ調子で、「けー」の部分を一段高く叫ぶ特徴がありました。つんつるてんの手首が長く出た、貧しい身なりでした。

名物の笹子餅を買うお客は多いのですが、わさび漬けを買う人は見当りませんでした。

私はそのみすぼらしさとお客がいないということに心が痛み、「あのおじさんからわさび漬け買ってよ」と母にねだって買ってもらいました。

きっとあれが私のわさび漬けとの最初の出会いだったのではと思います。そして毎年、夏に甲府に行く度に笹子駅が近づくと「わさび漬けーのおじさんいるかしら」と母までその声色をまねて探すようになりました。

きっと母も私と同じ思いだったのではないでしょうか。わさび漬けは水のきれいな所の名物とのこと。静岡や長野が有名ですから、笹子で買う人はいなかったのでしょう。

その後、いつごろからか、そのおじさんがいなくなったか、私の記憶にはありませんが、あの「わさび漬けー」の声とつんつるてんの姿、あの車中のけだるさがわさび漬けを食べる度にさっと私の脳裏に蘇って来るのです。

もしかしたら、私はわさび漬けそのものが好きなのではなくて、その思い出に浸ることを求めているだけかもしれません。

なにはともあれ、いつもわさび漬けは買って帰ることにしていますが、今度はいつ日本に帰れるでしょう。そして笹子の駅はどうなっていることか、伯母も亡くなり、甲府にもしばらく行っていません。

竹下 弘美


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“セピア色の思い出2〜笹子の駅で声をはりあげていたわさび漬けやさん” への4件の返信

  1. 何かほのぼのとした田舎の電車又駅の様子が浮かぶます。
    私も 電車の中で箱入りのアイスクリームを買ってもらい
    こんな美味しいものが有るのか、と 勿体なくてちびりちびり木のスプーンで食べた思い出があります。皆それぞれ電車 駅 食べ物の思い出あるでしょうね。次 美女会 それぞれの 御主人の馴れ初めの思い出なぞ語るのも面白いかもしれませんね。

    1. 杏子さま
      もうあのほのぼのとした雰囲気はありませんね。駅の窓辺に売りにくる売り子さんもいないし。

      みんなセピア色の彼方。

  2. 駅ってロマンチックですよね。旅立ち、別れ、再会、人生そのもの
    ですよね。新幹線より昔の汽車の方が郷愁をそそります。そして今は駅ではなく空港が人生模様を語りますね。
    芥川龍之介さんの”オレンジ” ”みかん” (どっちだか忘れましたが)という題の小説、車内で邂逅した小娘の逸話が忘れられません。

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