スーパーレイディ

このごろ、多くの友人が市民権を取得している。私はまだ市民権を取得していない。アメリカ社会に何か貢献しているかと問われると、二人の子供をアメリカ市民として、育て上げたことくらいしか私には誇るものがない。

大田屋道子さん

私の身近には、日本から来てアメリカ社会に貢献している女性が二人いる。一人は私の小説の主人公(これが日の目を見ることがあればの話)。ロサンゼルスでホームレス結核エイズ専門のパブリックナースとして活躍していた大田屋道子さんだ。彼女の場合は十三才の時、帰米二世の父親から米国に呼び寄せられた。

父母の仲が悪くて精神的に多感な少女時代、暗い毎日を送った。突然、父が目の前で倒れて亡くなった時に、自分が何もできなかったことから、看護婦を志した。いろいろな分野で活躍後、現在はホームレスの結核とHIV患者を扱っていた。

ふつうだったら毛嫌いする結核とHIVの、しかもホームレス患者を扱うのに仕事が楽しくてたまらないという。それは彼女自身が、若いころ、精神のホームレスであったことによって、患者さんとのアイデンティティがあること、それで、楽しいのだということを自分で発見した。

父母の不幸な夫婦生活を見ていたため、結婚願望はなく、独身。日英両語が堪能なため、日本での看護学会や世界での学会でも講師としてあちこちでひっぱりだこの毎日だ。

渡辺美奈子さん

あと一人は北加でスーパーマスという珠算式暗算教室を開いている、渡辺美奈子さん。彼女はバイタリティの人で、現在ベイエリアの五ヵ所で二百人以上の生徒を抱えている。

彼女がこの仕事を始めたのはやはり、自分が、アメリカ社会に何を貢献できるかと考えた時だった。留学生としてテキサス大学に留学した時には、アメリカ社会において寄留者であった。

テキサス大学で知り合ったご主人と結婚。いざ、結婚して定住者となった時、自分が、アメリカ社会に批判的であることに気づいた。

クリスチャンになっていた彼女はこれでは神様が喜ばないだろうと、何か役立つことをしたいと思った。子供がいない新婚時代、フラワーショップでアルバイトをしたところ、店の主人でさえ、タックスの計算が暗算でできないことに気がついた。

そろばん六段の腕をもつ彼女はこのことから、暗算教室を開くことを考えた。といっても最初の生徒は二人だけ。そのうちに新聞、テレビでとりあげられ、どんどん、生徒は増えていった。

次々と男児三人が与えられたが、その間も休まず事業を拡大。初めのころは生徒の親に授業中、子供を看てもらいながら教えていた。

日本からとりよせていた教材ではなく、独自の教材を開発。数学の苦手なアメリカ人の子供達に集中力をつけることができることがわかり、このコンピューター時代にあってアメリカ人の中で受けている。

私はその大会を見せてもらったが、すさまじいものだった。人間の脳があれほどまでに働くのかと思わされるほど、三桁四桁の計算を暗算で子供達が見せてくれた。彼女の生徒達のSATのスコアはおのずとして、とても高くなる。彼女は言う。

「少し遠い所には自動車を使って行くけれど、すぐ近所までは足を使って行くのと同じように、複雑な計算はコンピューターや計算機にまかせても簡単な計算には脳を使ってください。珠算式暗算は右脳の働きを活発化し、この訓練が後に数学の図形問題、記憶科学などに幅広く生かされるのです」

仕事が忙しい中でも彼女は家庭を一番にしている。夫婦の対話を大事にし、また子供の送り迎えは必ず、ご主人か、彼女がする。日本でもスーパーマス第一号が新潟で誕生し、他州からも問い合わせがきているが、三人目の子供さんが、高校を出るまで、母親業を第一にしたいと言っている。また、お金が第一ではなく、皆に喜ばれることをしたいということが彼女のプライオリティである。

道子さんの場合は、マイナスに見えた彼女の過去がすべて使われて、現在プラスとなって生かされている。美奈子さんの場合は、与えられた才能を存分に生かしている。スーパーレイディ達だ。

この二人のように自分の過去や、その境遇を積極的に用いて自分しかできないことを社会に貢献できたら、それこそ理想的な生き方ではないだろうか。

果たして私は何を生かしているか? 難題だ。けれど、何年か前、当時十八才の娘がミス、アジアンページェントに出場した時、彼女が挨拶で言った言葉を思い出した。

「私の父と母は韓国人と日本人のため、日本で受け入れてもらうことができずにアメリカにやってきました。

私も小さい時に人種差別を体験したことがあります。でもそれは私にとって良い経験でした。また高校の時、カリフォルニア大阪スカラーズプログラムで日本に行く機会を与えられたことは私の目を開かせてくれました。将来、私の経験をふまえて、インターナショナルビジネスを通して、違う国々の文化の橋渡しに貢献したいと思います」

この言葉の通りに娘はInt’l Bond Trading (国際公債取引)の会社で働き、そのあとまたディズニーコーポレーションで働いていた時には上海にディズニーランドを作ることに貢献した。

私ではなく、私の場合は娘が私たちの過去と境遇を生かしてアメリカ社会に貢献してくれている。息子もそのうちに….。とりあえずは、それで良しとするか。

竹下弘美

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