障害は怖くない

星野富弘展

何年か前、サンフランシスコ講和条約50周年記念の年、その記念行事の一環としてこの欄でも「でこぼこ道だからこそ」に書いた星野富弘氏の詩画展が行われたことがあった。富弘展はそのあとロスでも開かれたが、サンフランシスコにはご本人の星野富弘さんと奥様の昌子さんがいらっしゃることができた。

お二人は海外旅行はハワイ以外初めてだという。なにしろ、首から下は麻痺しているので、旅行といってもそう簡単にはいかない。昌子さんがいなければ、食べることひとつできないし、毎日、周りの者がつきそって首から下の体操をしなければ、身体が萎えて結核になってしまうという。

あの美しい詩と画はきれいごとで、できているのではない。そのために事前のホテルの準備や調査がかなり行われた。口に絵筆をくわえての作業は一日最高二時間が限度だという。

私は幸いなことに、ある雑誌から記事を頼まれていたので、連日のように星野さんにお会いすることができた。時差もあまり、影響なくお元気そうで、その健康のもとは毎日の電動車椅子での散策にあるという。柔和そのもののご夫妻だ。また、富弘さんは、ユーモアにあふれた方であった。

英語の練習をしてきたというので、それを使わなければという私たちに「散歩するときにだけ、犬に向かって英語で話すんです。そうすると、犬がワンダフルといってくれるんです」という調子。

どうして花を描くかというと、花は動物と違って動かないし、枕元にもってきて描くことができるからだそうだ。もっとも動物でも豚の絵だけは描いているというのは豚はいっしょに育ったから、目をつぶってでも描けるとのこと。

「もっとも、近くに豚のような者がいますし」とさりげなく周りをなごやかな笑いに包む。ちなみにその豚の絵にはこんな詩がそえられている。「何だってそんなにあわてるんだ。早く大きくなって何が待っているというんだ。子豚よ、そんなに急いで食うなよ。そんない楽しそうに食うなよ。」けれど、決して彼とて、いつもこんなに穏やかでいたわけではない。

「なによりも私を生かしてくださっている神様の愛に気づかされたことが、大きな変化でした。」と開幕式のスピーチで話された。

「他人は障害をもった人を見ると大変でしょうにとかかわいそうに思うようですが、案外慣れてしまうとそんなことはないのです。みなさん、泳いでいる時におしっこをしたことがあると思いますが、自分が泳いでいて、おしっこをしても全然、汚いと思わない。でもいざ、プールサイドに立ってそのプールを見ると飛び込む気がおこらない。変な例ですが、それと同じで、障害者は、傍から見るとかわいそうに見えるかもしれませんが車椅子生活に慣れるとそれも案外楽なものです。よくお客さんと一緒に散歩するのですが、私は車椅子だから、なんともないのに、長く歩くとお客さんの方は、はあはあ言ってくるんです」「肉体の障害は乗り越えられます。けれど一番、やっかいなのは心の障害です」

詩画を描き始めた理由

励ましてくれる友にお礼状が書きたくて、でも口ではあまり、長い手紙を書くのは大変で、その空白を埋めるのに花の画を描き始めたのが、詩画の始まりだという。

「詩も画も両方が完璧だと窮屈になります。お互いが欠けていると少しずつ道をゆずりあって良い作品ができるのです。このことは夫婦の間でも、家族、国同士にもいえるのではないでしょうか」とすばらしいステイトメントをしてくださった。

その開会式に列席したカリフォルニア州議会スピーカーのロバートハーツバーグ氏に感想をきいた。彼は星野さんの詩画を見て涙を浮かべているではないか。

「ここに招いていただいて良かった。アンビリーバブル」を繰り返していた。ある方は「私は自分の妻さえも自分の思い通りに動かすことができないのに星野さんはこんなに多くの人を動かしているのには驚きます」群馬県知事さん、そして星野さんの住む吾妻村からは村長さんはじめ村会議員の十二名全部が来米した。

開会二日目には星野さんの詩のコーラスがあった。メンバーはこの歌をぜひ、星野さんの前で歌いたいと六年の日々を費やしたという。でも歌っている時、その詩の言葉の美しさに泣けてきて、困ったという。

多くの観覧者が詩画展の会場を去る時には暖かい満ち足りた気持ちになって出てくる。私がいっしょにいった友人も感涙にむせんでいた。帰途、その暖かい余韻をもって市庁舎のある、バンネス通りを通ると、その日、田中外相、パウエル国務省長官が列席する、サンフランシスコ講和条約記念式展の会場であるオペラハウスの前は旗、プラカードを持った人でいっぱいであった。

漢字のまた、韓国語のプラカード、英語ではJapanese Liar とあった。教科書という漢字があったところから、日本政府に対する抗議の中国人、韓国人のデモ隊だとわかった。思わず、日本人である私は車のスピードをあげた。

そして、その数日後にはニューヨーク、ワシングトンDCでテロリストの事件があった。星野氏の念願、国と国との掛け橋、そのことはいつ実現するのだろう。開会式で、富弘さんが言った言葉、

「肉体の障害は怖いことではないです。一番怖いのは心の障害です。心や魂が縛られていることが一番怖いことです」の言葉が響く。

竹下弘美

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