旋風

映画「About Schmidt」

もう10年も前になる。日野原重明先生が存命中のことだ。そのころ見た映画で、今も心に残っている映画がある。「About Schmidt」だ。

映画はSchmidt氏のリタイヤーの日から始まる。副社長として勤め上げたと思っていた会社でもリタイヤーすれば、用なし。また、長年連れ添った妻も間もなく亡くなり、親の反対を押し切って一人娘は冴えない男と結婚してしまう。

リタイヤーと同時に海外の恵まれない子をサポートすることを始めたのだが、その子に自分の気持ちを手紙で書き綴ることで、映画が進展していく。

最後にいったい自分の人生は何だったのか、自分は人生の敗者なのではないかと泣いているところにサポートしていた子からの返事が届く。そこにはその子の描いた絵が入っていて、彼のサポートでその子が元気に過ごしていることが知らされているところで終わる。

いっしょに見た息子もまた三十代の友人も悲しい映画だと言った。彼らにとってこれからの人生が無意味に思えたのだろう。一生懸命生きても人生とはこれだけという気持ちがしたのだろう。

けれど彼らよりも人生を長く生きていて、それが現実だと知っている私の捉え方は違った。彼のサポートで少なくとも一人の子供が地球上で生かされている。その光となっているSchmidt氏の人生は、けっして無意味なものではない。それだけでも、彼の人生は成功だったのだというのが私の感想だった。

日野原重明先生の講演会

その年にまだお元気だった日野原重明先生がサンフランシスコ講演のため来米。講演会の一つは、五百人の予定が八百八十人。二つ目は、三百人の予定が四百人という賑わいだった。

また私達の教会でも説教をしてくださったが、二百人以上の超満員だった。先生は二時間半立ち通しで話された後も、個人的に写真を撮ったり、サインをしたりとサービス精神旺盛だった。

先生は「交通事故に遭わなければ、この十月に九十二歳になります」「私がここまで生きられたのは、神様の恩寵です」と言われた。写真で見るよりも若く、
「服を脱ぐわけにはいきませんが、僕の皮膚はつやつやしていますよ」
と自負できるくらいだった。著書「生き方上手」は百二十万部売れたという。「きっと僕の顔を大きく撮った写真を表紙に使ったから売れたのでは?」とウイットに富む。

この本の売れ行きと講演会の盛況ぶりは、お話を聴いて納得した。魅力のかたまりのような紳士だからだ。「そんなに長く生きたくないから、別に話を聴かなくても」と言っていた人も講演を聴いて唸っていた。

命を誰のために使っていますか?

日野原先生のポイントは、長く生きることにあるのではない。与えられた命をいかに生きるかである。「命を誰のために使っていますか?」と問われた。ご自身、二十歳の時、結核にかかり療養生活を送った。

医学生としては一年を棒に振ったが、その経験を通して患者の気持ちをよく理解できる医者になれたことは、何にも代えられないことだったという。「幸せは目的ではなく、結果として与えられるもので、したがって逆境の中でも幸せは与えられるのです」「苦労を経験すればするほど、人のことを察する感性が養われ、喜びが増します」

講演には、レクチャーの要旨を描いた何枚かの紙が一人一人に用意されていた。 まず、医者という立場から、日米の医学の比較を話し、次にご自分の健康法を話された。

わざわざエクササイズの時間をとることができないので、そのかわり、エレベーターを使わずに階段を二段飛びし、同時にエレベーターを使った若者よりも速く着くと「ヤッタ!!」という達成感を満喫。また、仕事の最中に首を回して首の運動をするのだそうだ。食生活は澱粉質を控えて野菜を多くとるようにしているとのこと。

数々のメッセージをくださったが、ひとつは人との出会いを大事にし、自分の目標になる人を見つけること。必ず、人間は死ぬ。その死のメッセージを恐れずに子供に伝えること。

そうありたい死を考えることによって、生きがいのある人生を送ることができるからだという。死ぬまで現役で、両親からもらっている三万六千の遺伝子の中で今まで使っていない遺伝子を発掘して使ってみること。それは高齢になってもいつでも始めることができる。やることがあれば、いつまでも若さを保つことができるそうだ。

人生ではいろいろなことに遭遇するけれど、希望の峰はちょうど富士山が雲で隠れていてもそこにあるのと同じように、今は隠れていても必ず救いの日が訪れること。という具合に聴衆に生きる希望を与えてくださった。また、日野原先生は日本で新老人の会というのを発足された。

死ぬときに自分は感謝して死ねると言い切ることができるように、自分の生きてきた真摯な軌跡を子や孫に見せることが、七十五歳以上の新老人に課せられた仕事だという。

人間の評価は何をもっているか(having)ではなく、その生きているありのままの姿(being)である。「生きがいのある人生を生きてください」と語りかけてくださった。

その配られた紙の最後には、一番先生が伝えたい結論が大きく書かれていた。「文化と科学の進歩が人類の進歩と同じ目標となる未来を探求しよう。人類の進歩の目標は、地球上の人々が平和に感謝の心をもって暮らせる状態であると思う」

日野原先生のおかげで「About Schmidt」のSchmidt 氏よりも良い老後が送れるのでは?

あの時の日野原先生の講演は、ベイエリアの日本人一人一人に希望を与えてくれたさわやかな旋風だった。その旋風は、先生が亡くなられた今も吹いているのではないだろうか。

竹下弘美

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“旋風” への2件の返信

  1. 今、こんなことが起こるの?ということが起こり落ち込んでいたところ、文章を読ませていただき励まされました。

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