勉強よりも価値のあるものー極限に挑むスポーツから自分の限界を

夏になると、子供が小さい頃の週末、競泳の試合で明け暮れた水しぶきの日々を思い出す。

私自身は、小学校の時も中学の時も、私達の卒業の寄付でその翌年からプールが建設されるというような状態で、学校で水泳の授業を受ける事はなかった。

せいぜい、臨海学校で波乗りをした事と、社会人になってから何回もYWCAに通っては泳げるようになりたいと努力したが、いつも息が続く所まで潜る程度にしかならなかった。

渡米してから、スポーツを教えるのが得意な夫の指導で、ある程度泳げるようになった。それも運動神経があまりにも鈍いので、サンディエゴ湾で人目を避けて、夕方習ったような次第だ。

サンディエゴからオレンジカウンティーに移った時、住んだ家にはプールがあった。泳げるようになって嬉しくて、ある日夫にプールサイドで見ていてくれるように頼み、得意になって泳いで見せた。

海とは浮力が違う。始めは良かったが、深い所にさしかかった時のことだ。足が届かないと思ったとたん、パニックになった。もがけばもがくほど、沈んで行った。異常に気付いた夫が着の身着のまま飛び込み、私の命を救ってくれた。

「自宅のプールで溺死」という記事にならなくて済んだが、まずい事にこの事件から夫は私の命の恩人となって、一生頭が上がらなくなった。それを知った日本にいる姉は夫に「かわいい妹の命を助けてくれてありがとう」と言って来たくらいだ。

娘に水泳を特訓

娘が生まれた。夫はオーストラリアの乳幼児水泳法なる本を購入。翌年の夏、一歳になる前から娘に特訓を始めた。泳げなかった妻に懲りたからだろう。その本によると、赤ん坊は母親の胎内で羊水の中にいたわけで液体に慣れている。その慣れていた状態をそのまま続けることが有効と、水泳を習うには生まれてからすぐの方が良いというのだ。

まず、父親が娘とジャグジーに入る。娘を持ち上げてその顔に息を吹きかける。娘が目をつぶった時にザブンと水の中に入れる。そうすると、自然に水の中では息を止めるようになるというのだ。

その通り、娘はとても水の中に入るのが、好きになった。両腕にフロートをつけて、一日中プールの中で浮いて、足を、ばたばたするようになった。

二番目の子供を出産後、帝王切開をした私との面会に夫が娘を連れて来て、「家に帰って泳ごうか?」と言うと、さっさと帰りたがったくらい、母親と会う事よりも泳ぐのを好んだくらいだ。

三歳の夏、同じ年の従弟が遊びに来た。彼がフロートを付けずに泳いでいるのを見た彼女は、自分で腕に付けてあるフロートをもぎ取り、泳ぎ出した。折しもロサンゼルス夏季オリンピック開催中の時だった。そのテレビでダイビングを見ていた彼女は、翌日、ダイビングボードに向かい、その日から飛び込むようになった。

六歳の時に引っ越したコミュニティーに競泳チームがあってすぐ参加した。初めての試合では平泳ぎの最中、コースの真ん中で止まり、顔を上げて回りの競争相手を見て、また泳ぎ始めるというような具合だったが、毎年速くなり、コミュニティーの競泳チームではいつもファイナルで成績を上げた。

チャレンジ好きな彼女にとっては打って付けのスポーツだった。彼女が得意としたのは、バタフライだ。特にリレーで自分のチームが負けている時の彼女の活躍は頼もしかった。負けているだけ、やる気が出るようで、頑張って差を縮め、チームを優勝に導いた。

私達は毎回応援に声を枯らした。泳いでいる彼女に「ゴー・ノエル・ゴー・ノエル」と声をかけながら彼女と共にプールサイドを歩く夫に、見ていた人が「いっそのこと、一緒に泳いだらどうですか?」と言った。彼の答えは「僕はあんなに速く泳げませんから」だった。

娘が優勝すると、親の私達は鼻高々だった。負けていたチームを優勝に導く時はなおさらだった。ノエルの両親として知られるようになった。

息子とアイスホッケー

二歳違いの息子も続いて競泳チームに参加したが、同じように育てたのに、私に似て運動神経が良くない彼は娘ほどの活躍はできなかった。北カリフォルニアへの引っ越しが決まった時、チームの人々が、娘を失うのはチームにとって大打撃であると口々に言ったが、息子曰く、自分の事は誰も惜しまなかったそうだ。

その分、息子は北カリフォルニアに引っ越してから、アイスホッケーを始め、それがあっていたのか、人一倍努力して、Aチームに入ることができ、活躍した。

極限にチャレンジして自分の限界を知る

勉強は身体に悪いと運動しかせずに60点すれすれをとるのを心がけていた夫によると、運動をすると、極限にチャレンジするから自分の限界を知る事ができ、いわゆる勉強で培うよりもずっと価値があるものを得るそうだ。幸い、子供二人は自分の好きなスポーツを経験する事ができた。それが今の娘、息子を作っていると言えるかもしれない。

残念ながら、私は運動神経が鈍い事もあり、子供の頃スポーツをした経験がない。泳げるようになった時、オリンピックを目指そうと思った事があった(??)。つい、大きな夢を持ち過ぎる傾向がある。もちろん、もうそれはあきらめた。努力してもできないことがあることが、この年齢になってわかった。

せめて将来は、孫に水泳をさせて応援に行こう。もちろん水泳でなくても、その子にあったスポーツを見つけてそれを応援してあげればよいわけだ。

今でもホールウエイに飾ってある、娘が競泳で優勝した時のトロフィーやメダル、リボンなどを見る度に、あのオレンジカウンティーのプールの水しぶきの夏の日が、子育ての想い出と共に蘇って来る。

竹下弘美

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