Wrong Time, Wrong Place

ピーチェスの失踪

あの子が行方不明になってから、三週間が経とうとしている。このごろ、多くの誘拐事件や疾走事件、また拉致問題も騒がれているが、それが我が家に起こったのだ。といっても我が家の場合は猫のピーチェスだが。

夜寝る時、11時半に寝たのを見たのに、朝起きたら、いつものところにいないではないか。あの晩は、息子がバンド練習で遅く帰るというので、ガレージから入るとその開く音で、私は目がさめてしまうので、フロントドアから入るようにと息子に頼んだ。

息子は言われた通りにフロントドアを開け、車からギターやアンプリファイアーを降ろしていたところ、ソファで寝ていたピーチェスがピョンと飛び出したという。

追いかけても帰らず、30分後に息子が寝る時、外で探したが、見えず、そんな場合には夜中に私達の部屋の前にきて、入れてくれと鳴くので、その晩もそれを予定して、息子はそのまま寝たという。

まず第一日目には息子と一緒に近所を名前を呼びながら探した。名前を呼んで出てくるくらいなら、とっくに家に帰っているはず!と思いつつもそうせざるをえなかった。どこかに入り込んで出てこられないのかもしれない。

二日目には息子が写真入りポスターを作って近所の郵便箱に入れさせてもらった。そして同じポスターをありとあらゆる近所の電信柱に貼った。

手掛かりなし。その翌日にはアニマルシェルターに行ってみた。私はホームレスの犬や猫を見るのがつらく、車の中で待っていて、息子に行かせた。

息子は届け出を出し、死体で見つかった猫のリストや保護されている猫を見せてもらったという。郵便屋さんもポスターを見たのだろう。
「見つかった?うちもそういうことがあったけど帰ってきましたよ」と話しかけてきた。

バケーションの家のガレージに閉じ込められて出てこられないことが多いと言われ、近所のバケーション中の家のガレージの前で名前を呼んで回った。

三日目、近所の家から電話。その朝早く、その家の裏ですごい猫のけんかがあったというので行ってみた。その人達も引っ越してきた時、猫が一週間帰って来なかったという。周りを探したり、その隣の家がバケーションだというので、そこを見させてもらったりしたが、影も形もない。

シェルターでは四日に一度、来るようにいわれ、(電話には応じないということで)その後四日ごとに出向いた。息子は後ろ髪をひかれながら、大学に発った。12年間一緒に育ったのだから、無理もない。シェルターには休日には夫と、そうでない日は私が行かなければならなくなった。

檻の中から、鳴いて、こちらを見る目と目が合うときのつらさ。かわいい犬もいた。迷子の子豚さえ、私達を檻の中から追いかけてきた。

毎朝起きる時の重い沈んだ気持ち。おなかをすかせて苦しんでいるかもしれないということが、私達をさいなます。夜遅くなってから、また家の近所を歩いてみる。ガサガサ音がしたので、「ピーチェス、ピーチェス」と言って近づいてみたら、オポッサムだった。真っ暗な中に鹿の顔もあった。

一週間過ぎた日曜日の朝、ドアのベルがなり、近所に住むという中年の白人男性が「子供さんがいたら、なんだけど」と意味深いトーンで話し始めた。

彼の家は我が家から十軒くらい離れているが、同じ水曜日の晩に三匹飼っている猫のうちの一匹がコヨーテに殺されたという。どうしてわかったのか聞いたところ、あの一匹がコヨーテを殺したという。

ああ、それではピーチェスも同じケースだったのかとあきらめがついた。ところがそのことを、私達の住んでいる丘を毎日歩いている近所のスーザンに話すと、彼女はこのへんはキツネやアライグマはいるけれど、コヨーテは見たことがないという。

猫はコヨーテを殺すことはできないという。それではあの男性はいやがらせに来たのだろうか、と疑いの気持ちが起こると同時にまた、ピーチェス生存への希望が出てくる。

次にアニマルシェルターに行った時、そのことを話したところ、「お宅の近辺ですでにコヨーテによる被害は9件にのぼっています」とのこと。

意外な答えに私が「いつ、どこで」とあまりにも執拗に聞くので、受付のおじさんが、私をアニマルコントロールオフィサーのところに連れていってくれた。

若い女性が制服を着て、りりしい。記録をみて、ピーチェスがいなくなってから四日後に同じ市内でコヨーテに殺された猫を収容したと調べてくれた。しかもそこは人家が密集しているところだ。彼女が見つける時にはすでに死体は欠片になっているとさえ語ってくれた。

やはり、ピーチェスもコヨーテに殺されたのか、でもそれなら、長いこと苦しむことはなかっただろう。せめて死体の欠片でもと次の土曜日には近所の荒れ地を友人と歩き回った。何も見つからなかった。遠くを鹿が逃げていっただけだった。

9月11日

そして9月11日が来た。追悼式を見ながら、多くの遺族の思いは、私のピーチェスに対する思いを遥かに超えたものだろう、と思った。遺族は死体がなくて行方不明で、どんなに生存への希望を捨てられないでいることだろう。いつピーチェスが帰ってきてもいいように、私がガレージのドアの下を少し開けたままにしているように、きっとあの遺族達も家の中をそのままにして待っているのではないだろうか。

「僕があの時、外に出さずにいたら、ピーチェスは元気でいたのに」息子の自責のつぶやき。Wrong Time, Wrong Place にでくわしてしまったピーチェス。

でもそんなことが起こるのが人生、またその悲しみを人々とわかちあうことによって愛が生まれる、というのも人生のようだ。

竹下弘美
 

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